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【 過敏性腸症候群 】と漢方薬による治療

過敏性腸症候群とは


過敏性腸症候群(かびんせいちょうしょうこうぐん)とはその名の通り、腸がさまざまな刺激によって過敏に反応し、下痢や便秘、腹痛などを起こしてしまう病気です。しばしば過敏性腸症候群の英語名である「Irritable Bowel Syndrome」の頭文字をとってIBSとも呼ばれます。


専門書や病気の解説サイトなどにおいて過敏性腸症候群は「器質的な異常が見られない」「機能性の疾患である」というように紹介されます。この表現は一般の方にはわかりにくいですが、簡単にいえば「腸に炎症や傷があるわけではないのに、しっかりとはたらいていない状態」を指しています。このことから過敏性腸症候群は機能性ディスペプシアと並んで、代表的な機能性消化管障害に位置付けられます。


しばしば、漢字が並んだ長い病名であり同じ「腸」の字が入ることから潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)と混同されている方もいらっしゃいます。潰瘍性大腸炎とは大腸(多くは大腸の直腸)に原因不明の炎症が起こり下痢や血便を起こす、過敏性腸症候群とはまったく異なった病気です。やや脱線してしまいますが、まれにネット上などで「過敏性大腸炎」と表記されているのを目にします。これは過敏性腸症候群と潰瘍性大腸炎の両病名を混ぜこぜにしてしまった完全な誤用です。


過敏性腸症候群の原因


過敏性腸症候群を引き起こす明確な原因は不明であり、個人差も大きいといわれています。そのなかでも通勤や通学の前、テストやスピーチの際などで高まる緊張状態が過敏性腸症候群の引き金になりやすいといわれています。


精神的な緊張以外にも脂肪分の多い高カロリー食品、乳製品、コーヒーを含むお茶類、柑橘類、香辛料、アルコールなども症状を悪化させることが示唆されています。もし、「朝の通勤前には症状が起こりやすい」といった傾向がわかっているようなら、上記のような食品を朝食では摂らない工夫も病状緩和に有効です。


過敏性腸症候群には性差も認められており、男性の方が女性よりも約3倍もかかりやすいという報告もあります。その一方で生理前や生理中に症状が悪化する女性も少なくありません。したがって、過敏性腸症候群は遺伝子レベルから患っている方が置かれている社会的な背景、心理的な状態まで幅広い原因が潜んでいる可能性があります。


過敏性腸症候群の症状


過敏性腸症候群はさまざまな刺激によって消化管(小腸や大腸)が強い収縮を起こし、痛みをともなった下痢や便秘などを起こす病気です。男性は下痢型、女性は便秘型が多いといわれています。さらに下痢と便秘を繰り返してしまう混合型、どれにも当てはまらない分類不能型も存在します。


上記以外にも腹痛、腹鳴、腹部の不快感もしばしばみられます。さらに便意や腹痛は突然現れることが多いので「また下痢になってしまうのではないか」という不安感にも苦しめられることになります。


過敏性腸症候群はしばしば同じ機能性消化管障害である機能性ディスペプシアを併発します。機能性ディスペプシアとは過敏性腸症候群と同様に、胃に炎症のようなトラブルがないのに食後のもたれ、胃痛、胸やけ、吐気、満腹感による食欲不振といった症状が現れる病気です。


過敏性腸症候群の西洋医学的治療法


過敏性腸症候群の中心的な症状は下痢や便秘といった便通のトラブルです。過敏性腸症候群の第一選択(最初にもちいるべき薬)であるポリカルボフィルカルシウムを有効成分とするコロネルやポリフルは便の水分バランスを整えることで下痢にも便秘にも使用されます。


コロネルやポリフルにくわえて、腸のはたらきを調整することで下痢にも便秘にも有効なセレキノン(一般名:トリメブチン)、下痢と腹痛の改善を得意とするイリボー(一般名:ラモセトロン)もしばしば使用されます。


上記の他には腸内環境を整える乳酸菌製剤、腸管の収縮をやわらげて腹痛を除くトランコロン(一般名:メペンゾラート)、生薬のアカメガシワを含んだマロゲンなどが頻用されます。憂うつ感や不安感といった精神的な症状が目立つ場合は抗うつ薬であるパキシル(一般名:パロキセチン)なども検討されます。


過敏性腸症候群は精神面の影響を無視できない病気なので、パキシルやベンゾジアゼピン系の抗うつ薬も有力な治療薬候補となります。一方で抗うつ薬はふらつき、眠気、吐気などの副作用も現れやすいので注意が必要です。薬物治療以外にも精神的ストレスが原因として明白な場合はカウンセリングを中心とした認知行動療法が行われることもあります。


過敏性腸症候群の漢方医学的解釈


漢方医学的に過敏性腸症候群を考えると、その原因は大きく分けて2つ考えられます。ひとつは脾胃(ひい)の問題です。脾胃とは簡単に表現してしまえば腸を含めた消化器のことを指します。そしてもうひとつが肝(かん)の問題です。肝とはアルコールを解毒したりする西洋医学的な肝臓のことではなく、気の流れをコントロールしたり血をたくわえるはたらきをもつとされる漢方医学的な肝を指します。


ではまず、脾胃と過敏性腸症候群について説明いたします。繰り返しになってしまいますが脾胃は西洋医学的には消化器であり、この消化器のはたらきが弱くなってしまった状態を脾気虚(ひききょ)と表現します。


脾胃は食べ物から人間に必要な気(き)、血(けつ)、津液(しんえき)の生産に関わる「エネルギー工場」のような存在です。このエネルギー工場が何らかの原因で「操業停止」になってしまうと下痢を中心とした消化器症状だけではなく、疲労感、倦怠感、息切れ、めまいやふらつきなどの多彩な症状が現れます。脾気虚の方は普段から疲れやすくて体力がない虚弱体質気味といえるでしょう。脾気虚に陥ってしまう原因としては栄養不足、慢性病後の体力消耗、過労などが挙げられます。


それでは脾胃につづいて肝についてです。肝は気の円滑な流れをコントロールしており、正常に気が流れていれば心身ともに健康な状態が保たれます。しかしながら、この肝は精神的ストレスに敏感であり、比較的簡単にダメージを受けてしまいます。その結果、肝がしっかりと働けなくなってしまうと気の流れが滞り、イライラ感や怒り、胸や喉に閉そく感を覚えるなどの症状が出てきます。


このような精神不安を中心とした症状を肝気鬱結(かんきうっけつ)と呼びます。そして、肝気鬱結をほっておくと気の滞りは脾胃にも悪影響を及ぼします。このような肝の悪影響が脾胃に及ぶことを肝脾不和(かんぴふわ)や肝胃不和(かんいふわ)と呼びます。


脾胃は人間のエネルギー源である気、血、津液を作り出しますが、脾胃自体もはたらくために気が必要です。したがって、気の滞りによって脾胃もしっかりと働かなくなり下痢や便秘、下腹部痛、下腹部の張り、食欲不振、ゲップ、吐気、嘔吐などの症状が現れてしまうのです。


他にも漢方医学的な過敏性腸症候群の原因はいくつも考えられますが、大筋で精神的ストレスと過労が主な原因と考えて良いでしょう。この点は西洋医学な観点とほぼ共通していると考えられます。

(よりくわしい漢方用語などの説明は漢方名処方解説をご参照ください)


漢方薬を用いた過敏性腸症候群の治療


上記で紹介したとおり、過敏性腸症候群の原因は漢方医学的に考えると大きく分けて脾気虚と肝気鬱結が挙げられました。したがって、気を補ったり気の巡りを改善することが過敏性腸症候群の治療につながります。


消化器の力が低下している脾気虚は気の不足なので、気を補う漢方薬を使用することになります。気を補う生薬である補気薬(ほきやく)には人参、黄耆、大棗、白朮、甘草などが挙げられます。これらから構成される漢方薬を服用することで脾胃の力が増し、食べ物からしっかりと気、血、津液が生まれるようになります。そして、気が充実してくれば消化器がしっかりはたらくようになり、下痢や疲労は回復してゆきます。


そして消化器の力を鈍くしてしまう肝気鬱結の解消には、肝のはたらきを助けてあげる必要があります。より具体的には気が流れやすくすることが重要になります。気の巡りを改善する代表的な生薬である理気薬(りきやく)には柴胡、枳実、陳皮、半夏、厚朴、香附子などが挙げられます。


これらにくわえて肝に血を与えることでその力を回復させるために地黄、当帰、芍薬、阿膠、酸棗仁、竜眼肉などの血を生み出す生薬(補血薬)もしばしば使用されます。しかし、血を補う生薬は胃に負担をかけることもあるのでその方の体質にしたがって使用は慎重に行われます。


このように漢方薬は同じ過敏性腸症候群であっても症状や体質によって大きく内容が変わってきます。漢方薬を継続的に服用することで悩まれている症状だけではなく、病気のより根本的な原因までも取り除くことができるようになります。身体は元来、病気に打ち勝つための力とバランスを保つ能力が備わっています。漢方薬はそれらの力を根本から底上げする「お手伝い」ができるのです。


生活面での注意点と改善案


漢方薬の服用は過敏性腸症候群に打ち勝つ力になると説明しましたが、日々の生活面を見直すこともこの病気に対抗するための有効な手段となります。過敏性腸症候群は西洋医学的にも漢方医学的にもストレス、特に精神的なストレスの影響を強く受けていると考えます。


ストレス社会といわれる今日において精神的ストレスを完全に消し去ることは非常に困難です。その一方で過敏性腸症候群が身体にかかっている負担に対する「警報」を鳴らしているということは覚えておいて頂きたいと思います。過剰な仕事を抱え込まない、趣味の時間を大切にする、しっかりと睡眠をとるといった基本的なことが重要となってきます。


さらに過敏性腸症候群は消化器の病気ということもあり食事面の改善も有効です。まず、強いアルコールや辛いものなどの刺激物は炎症を悪化させる可能性があるので控えた方が良いとされています。脂肪が多い食品や乳製品も人によっては症状を悪化させることがあるので注意が必要です。


食事の回数を多くして食べる量を減らすことも有効です。しかしながら、多忙な生活を送る方が多い今日、なかなか実現は困難だとも感じられます。ですが「朝食を抜いて一日二食、夕飯は大食いの早食い」という状況は見直すべきです。一日三食でゆっくり質量ともにバランスをとることが大切です。


すでに述べた刺激物だけではなく冷たい食べ物や水分を多く含んだ食べ物は脾胃の力を弱めてしまうので控えた方が良いでしょう。具体的にはサラダ、フルーツ、清涼飲料などです。サラダやフルーツは食物繊維を豊富に含んでいるので便通改善に良いのですが、多くの場合は冷えたまま摂ることが多くなってしまいます。


サラダは温野菜へ、フルーツはせめて常温にして食べることが望ましいです。しばしば、胃腸が弱い方はその改善を目的としてヨーグルトを多く摂られていますが、やはり上記と同じ理由で常温またはすこし温める方が良いです。


過敏性腸症候群の改善例


改善例1

患者は30代前半の男性・高校教師。子どもの頃から体力はあまり無い方で、しばしば下痢や軟便を起こしていました。年齢が上がるにつれて便通異常は落ち着いてきましたが、教師としてはたらきだしてから腹痛を伴う下痢と軟便の症状が再発。特に授業中、トイレに行けないと考えると余計にお腹が張り腹痛と便意が強くなってしまうとのこと。


より詳しくお話を伺うと、下腹部はいつも冷えており食欲も落ち気味で全体的に元気がない印象でした。この方にはまず脾胃の状態を立て直す補気薬である人参や黄耆、そして気の流れを改善する柴胡や陳皮を含む漢方薬を調合しました。


服用から2ヵ月が経った頃には腹部の張りと痛みはだいぶ鎮まり、便通も我慢できるようになったとのこと。この頃から気温が下がり始めたので身体を温める生薬である散寒薬の乾姜や山椒を含んだ漢方薬に微調整を行いました。


服用開始から通算で約半年が経過すると、便通は1日2回ほどに落ち着き、腹痛は完全に消えたとのこと。この方は部活顧問にも携わり仕事量が増加したことを受けて、体力増進の意味で補気を中心とした漢方薬を継続して頂いています。


改善例2

患者は20代後半の女性・会社員。半年前の転職をきっかけに緊張時の下痢や腹痛に襲われるようになってしまいました。転職先の条件や人間関係は良好とのことですが、頻繁に社外へ赴き大勢の前で発表を行わなければならず、発表当日の朝は出勤前から3回ほどトイレに行く状態になってしまいました。


勤務への支障が出ることを心配し、病院を受診して過敏性腸症候群と診断されました。受診した病院でいくつかの薬を服用するも大きく改善はされなかったとのこと。心療内科の受診も進められましたが抵抗があり、当薬局へご来局。


過敏性腸症候群についてより細かいご症状を伺うと、下痢と腹痛の他にグルグルという腹鳴や常に便意があるという。「お腹の音が誰かに聞かれていないか心配になり、そうすると余計に便意が強くなる」という。過敏性腸症候群以外の症状としては寝つきの悪さがありました。


この方には気の巡りを改善する柴胡、筋肉の緊張をやわらげる芍薬、水分代謝を改善する白朮や茯苓から構成される漢方薬を調合いたしました。日常生活面ではコーヒーをオフィスにいる間に3杯以上は飲むと伺ったので、ノンカフェインの温かいお茶に切り替えてもらいました。


漢方薬服用から3ヵ月が経つと、服用前と比較して入眠がしやすくなり体力に余裕が出てきたとのこと。プレゼンの前の便通回数も半分程度に減っていました。その一方で便意とガスが腸を移動しているような腹鳴はまだ残っていました。同じ漢方薬で継続していただくか悩みましたが、厚朴や陳皮を含んだ漢方薬に変更しました。


新しい漢方薬にして2ヵ月ほどが経過するとガスによる腹部の張り感や便意も鎮まり、とても気にされていた腹鳴も気にならなくなったとのこと。便通も1日1~2回程度で安定し、睡眠の調子も引き続き悪くないという。この方は毎年、冬になると腹痛や軟便が起こりやすくなるということで、季節に合わせて内容を調節して継続服用して頂いています。


おわりに


近年、過敏性腸症候群を患われている方がとても多くなった印象を受けます。やはりストレス社会と呼ばれる今日の世相を反映しているのかもしれません。過敏性腸症候群による症状自体が新たなストレス源となって、さらに症状が悪化する悪循環に陥っている方も少なくありません。


漢方薬は西洋薬では対応しきれないより根本的な原因に対応することができるものです。当薬局では西洋薬を服用してもなかなか改善が見られなかった方がしばしば来局されます。そして漢方薬を服用し始めてから、症状が好転する方がとても多くいらっしゃることから、過敏性腸症候群と漢方薬は「相性」が良いと実感しています。是非一度、過敏性腸症候群にお悩みの方は当薬局にご来局くださいませ。

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