しばしば漢方関連の書籍に「東洋医学」という言葉が使われているのを目にします。大きな書店に行くと「東洋医学」というコーナーもあり、そこには「やさしくわかる東洋医学」「マンガでわかる東洋医学」「よくわかる東洋医学」などのタイトルが付けらえた書籍が多く並んでいます。
それらに混ざり「漢方診療医典」や「漢方診療ハンドブック」、さらに「中医学の基礎」や「中医内科学」といった書籍もそのコーナーには納められています。これだけを見ると「東洋医学=漢方医学=中医学」なのでしょうか。何気なく使われている「東洋医学」という言葉ですが、このページではその定義について確認してみたいと思います。
ここでまず、「東洋医学」を考える上で「東洋」という意味を確認したいと思います。広辞苑で「東洋」を引いてみると「1)トルコ以東のアジア諸国の総称。特に、アジアの東部及び南部、すなわち日本・中国・インド・ミャンマー(ビルマ)・タイ・インドシナ・インドネシアなどの称。2)中国で、日本を指す称呼。」となっています。ここからはこの定義を反映させて東洋医学の姿に迫ってみましょう。
まず広義の東洋としてトルコ以東のアジア諸国という範囲で見てゆきましょう。この定義にしたがうと東洋はユーラシア大陸においてヨーロッパとロシア西部(ウラル山脈以西)以外の非常に広大な範囲となります。無論、中東地域や中央アジア諸国も含まれることになります(参考として ウィキペディアの「東洋」のページに図解があります)。
これらの地域にはいくつかの伝統医学が存在します。代表的なものにインドの伝統医学であるアーユルヴェーダ、アーユルヴェーダの影響を強く受けているチベット伝統医学、中東地域のユナニ医学、そして中国の中医学と日本の漢方医学が存在します。
アーユルヴェーダの歴史は深く紀元前12~15世紀に編纂されたヴェーダ文献と呼ばれる古文書を基礎としています。アーユルヴェーダの治療には薬草を粉末化した内服薬が用いられる他に、薬草の抽出成分を含んだオイルが頻繁に使用される点が大きな特徴です。
有効成分を含んだオイルを用いた治療はそれを皮膚に塗布し吸収させることで効果を発揮します。「そんな方法で効果が出るの?」と思われるかも知れませんが、西洋医学で用いられる湿布剤(代表格はサロンパスやロキソニンテープなどです)も有効成分が皮膚を介して吸収されている点はアーユルヴェーダのオイル治療と原理は同じです。
肌に広くオイルを塗る以外に、大量のオイルを継続的に額へ滴下するシローダーラーという治療法も存在します。シローダーラーはオイル吸収による効果以外にも、高いリラックス効果が知られており、日本においてしばしばエステサロンなどでも施術されています。インドにおけるアーユルヴェーダの教育は大学を中心に行われており、同地においては広く一般的な治療法として定着しています。
アーユルヴェーダや仏教思想を背景に生まれた医学としてチベット伝統医学が存在します。チベット伝統医学は上記の他に中国伝統医学や下記のユナニ医学の影響も受けつつ今日に至っています。チベット医学の源流がアーユルヴェーダである一方、治療にオイルが多用されることはなく、生薬を粉末化して成形した丸剤が主に用いられるなど独自の進歩を遂げています。
イランを中心とした中東地域にはユナニ医学という伝統医学があります。もともとユナニ医学は紀元前5世紀頃に興ったギリシャ医学を起源としており「ユナニ」という言葉も「ギリシャ風」という意味を持っています。ユナニ医学においても複数の薬草由来の液剤や錠剤が治療に用いられます。
ユナニ医学の特徴としてヘジャマットと呼ばれる瀉血治療を重視する点が挙げられます。瀉血は「汚れた血」を除去することで身体の活性化や血行改善を目的に行われます。実際には背中に小さな傷をつけて吸引器を用いて行われ、50~100mL程度を採取します。イランの国立病院にはヘジャマットの研究所も存在します。
総括すると広義の東洋医学にはアーユルヴェーダ、チベット伝統医学、ユナニ医学に加えて中国の中医学、日本の漢方医学などが包括されることになります。日頃から日本で暮らしていると西洋医学以外の医学にあまり目が向くことはないと思いますが、東洋世界を俯瞰するだけでも多彩な医学が「現役」で活躍していることに驚かされます。
上記では広大な東洋エリアに存在する伝統医学を簡単に紹介しました。それでは狭義の東洋医学は何かというと、広辞苑の「中国で、日本を指す称呼。」の通り、狭義の東洋医学≒漢方医学のことになります。実際、多くの「東洋医学」をテーマとしている書籍においてアーユルヴェーダやユナニ医学について掘り下げているものは皆無といえるでしょう(無論、それら医学について扱った専門書は存在します)。
おそらく「東洋医学」と書かれた書籍にアーユルヴェーダのオイル治療について詳しく書かれていることを期待する方は少ないでしょうが、やや誤解を招きそうな呼称であることも確かです。そのためか、近年に出版されている入門書よりも高度な専門書には「漢方医学」や「中医学」とタイトルに明示しているものが多いです。
逆に「東洋医学」がタイトルに含まれている書籍は漢方医学を中心としながらも、さらりと中医学の知識も添えられている一般向け書籍に多い印象です。著者としてはあえて範囲を漢方医学に絞らず、漢方医学の原点である中国伝統医学や中医学を広く知ってもらおうと考えてのネーミングかもしれません。
このページでは掘り下げませんでしたが、漢方医学についてはこちらの 漢方医学の歴史を辿るのページ、中医学については中医学の台頭と普及のページに載っていますので、ぜひご参照ください。
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