漢方名処方解説

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4)五行論(五行説)とは

このページでは五行論について解説してゆきます。この五行論は既に前項で述べた陰陽論に並んで漢方医学(中医学)の最も重要な基礎理論といえます。まず五行とは木(もく)・火(ひ)・土(ど)・金(きん)・水(すい)という5つの要素を指しています。五行論においては自然界に存在するすべてのものは上記5つの内でどれかの要素に属していると考えます。

五行論ではさらに木・火・土・金・水のそれぞれが持つ性質や相互関係を説明したものになります。特に五行同士の相互関係は漢方医学(中医学)における治療法にも直接的な影響を与えるため重要視されます。それではまず、五行の持つ性質を簡単に解説してゆきます。

五行の性質

木(木行)の性質

木には成長してゆく樹木のように生長、伸長、柔軟といった性質を持つ要素が属します。漢方医学(中医学)においては五臓六腑のうち、肝と胆が木に属しています。

火(火行)の性質

火には炎のように熱をもち上昇してゆく性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、心と小腸が火に属しています。

土(土行)の性質

土は作物を育てる大地のように何かを生み出したり、受け入れたりする性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、脾と胃が土に属しています。

金(金行)の性質

金は金属のように重厚感があり収斂性がある性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、肺と大腸が金に属しています。

水(水行)の性質

水は川の流水のように潤したり冷やしたりしてゆく、下降性の性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、腎と膀胱が水に属しています。

五行における相互関係

五行論において五行のそれぞれが持つ性質と並んで重要な要素に五行間の相互関係が挙げられます。その相互関係を示す相生(そうせい)・相剋(そうこく)、そして相乗(そうじょう)・相侮(そうぶ)を下記では説明してゆきます。なお、関係を把握するうえで こちらの図(ウィキペディアにおける「五行思想」のページ)はとても役立つので参考にしながら読み進めて頂ければと思います。

相生とは

相生とは特定の行の間に存在する促進のはたらきです。相生の関係において助ける側が母、助けられる方は子と呼ばれ、両者の関係は母子関係とも表現されます。具体例としては木の充実によって火も充実する関係の場合、木生火と表現されます。

木生火の他に火生土、土生金、金生水、水生木の母子関係が存在します。この順の通り、相生の関係はうまく循環していることがわかります。五臓に置き換えれば肝生心、心生脾、脾生肺、肺生腎、腎生肝となります。

相剋とは

相剋とは特定の五行の間に存在する抑制のはたらきです。しばしば相克とも表記されます。相剋の関係は抑制する側が祖、抑制される方は孫と呼ばれ、両者の関係は祖孫関係とも表現されます。上記の相生では母(親)が子供を育てる様子を五行の関係に当てはめていましたが、相剋では祖(お爺ちゃんやお婆ちゃん)が孫を抑えるという表現を用いているところに当時の家族関係が窺えます。

相剋の具体例としては木剋土、火剋金、土剋水、金剋木、水剋火となります。やはり相生の関係と同じように相剋の抑制のはたらきも循環していることがわかります。五臓に置き換えれば肝剋脾、心剋肺、脾剋腎、肺剋肝、腎剋心となります。

相乗とは

相乗とは相剋の病的状態であり、過度な抑制がはたらいてしまう結果として孫にあたる五行が弱ってしまうことを指します。相剋でも登場した祖孫関係で例えるなら祖母や祖父が孫を過剰に叱りつけて、孫が委縮してしまっている状態です。

ここで気を付けておきたい点として、既出の相剋はあくまでも適切な抑制であり、これは五行を維持するための正常なはたらきだということです。相剋とは異なり相乗は異常(過度)な抑制であり、相剋とは一線を画す病的な状態という点に注意が必要です。

相侮とは

相侮とは本来、相剋で説明した抑制のベクトルが、逆方向に抑制をかけてしまう病的状態を指します。相侮もまた相乗と並んで病的なケースといえます。

ややわかりにくいので五行における木と土を例に解説します。本来は相剋の木剋土、つまりは木が土に対して適切な抑制をかけています。しかし、何らかの影響で木の力が衰えたり、逆に土の力が過剰になってしまうと両者の立場が逆転して土が木を抑制してしまう、これが相侮の状態です。

漢方医学(中医学)において重要な五行関係

五行の間にはそれぞれ促進と抑制のはたらきが循環するように存在しており、非常に秩序だったものとなっています。その一方で現実的に五行の理論の通り、万物のはたらきを説明できるわけではありません。したがって、あまりに五行論に拘泥することは得策とは言えません。

しかしながら、五行論を空理空論とバッサリ切り捨ててしまうのも勿体ない話です。五行論の一部は漢方医学(中医学)において病能の理解や治療法の指針にもなりえます。ここでは漢方医学(中医学)において特に重要とされる2つの五行の関係を説明してゆきます。

肝乗脾(木乗土)について

五行論において五臓の肝は木、脾は土にあてはめられます。この二者関係、肝乗土の関係は精神的なストレスなどによって腹痛や下痢を起こしてしまう過敏性腸症候群(IBS)と関連が深いです。

肝のはたらきは後の臓象学説でより詳しく説明しますが、主に気の巡りを円滑にして他の臓の機能を助けています。脾は現代風にいえば消化や吸収といった消化器全体の機能をつかさどっています。肝は精神的なストレスを受けやすい臓であり、過度なストレスを受けてしまうと肝の脾に対する適切な抑制の仕組みが乱れてしまいます。つまり、肝が脾に対して過剰な抑制かけてしまいます。

そうすると脾(つまりは消化器)はうまく機能できなくなり下痢、腹痛、腹部の張り感といった過敏性腸症候群に特徴的な症状が現れます。したがって、漢方医学(中医学)においてこのようなケースでは脾の調子を整える生薬だけではなく、根本的な問題である肝をいたわる生薬も含んだ漢方薬を用いる必要があるのです。

脾生肺(土生金)について

上記で登場した通り、五行論において脾は土、そして肺は金にあてはめられます。両者において脾が母であり、肺は脾に助けられる子に当たる相生の関係です。漢方医学(中医学)における肺の役割は現代風に表現すれば呼吸に加えて、皮膚や免疫の機能維持が挙げられます。

この肺の機能が弱まってしまうと風邪にかかりやすくなったり、アレルギー性鼻炎、喘息、アトピー性皮膚炎などを患いやすい体質となってしまいます。それを改善するためには肺の力を補うことと並行して脾の力も向上させることが重要であり、効率的な治療が可能となります。

これは弱っている子(肺)の面倒を見ている母(脾)を助ける構図となります。育児中のお母さんに対する子育て援助が結果として子供の良い成長につながるようなものですね。このような治療法を培土生金法と呼びます。五行における相生の関係をうまく使った治療法といえます。

五行論のまとめ

五行論は陰陽論と並んで漢方医学(中医学)の基礎中の基礎といえます。その一方でこれらの基礎理論は思弁的になり過ぎている点も否定できません。しかし、上記で挙げたように五行論を通じて五臓の関係性の理解、病気の伝播予測、治療方針の決定などに力を発揮することも可能です。そのためにも決して疎かにできない大切な基礎理論です。

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