本ホームページではこれまで漢方(中医学)における基礎理論を中心に解説してきました。ここからはより実践的な治療法について説明してゆきます。その第一歩として、そもそもなぜ人間は病気になってしまうのかを考えてゆきます。当たり前のことですが病気になるのは何らかの原因があります。漢方(中医学)では病気をもたらす病因を内因(ないいん)、外因(がいいん)、そして不内外因(ふないがいいん)に分けて考えます。
病因における内因もまた大きく2つに分かれます。ひとつは内傷七情(ないしょうしちじょう)であり、もうひとつは先天不足(せんてんぶそく)です。内傷七情とは怒(ど)・喜(き)・思(し)・憂(ゆう)・悲(ひ)・恐(きょう)・驚(きょう)といった大きな感情の変化とそれによる精神的ストレスを指します。これらは五臓、特に心(しん)、肝(かん)、脾(ひ)に負担をかけて病気を誘発してしまいます。
先天不足とは主に先天的な虚弱体質を指します。より具体的には誕生の際に両親から受け継いだ精(せい)が少ない状態であり、腎虚(じんきょ)の状態といえます。精は成長や発達などに欠かせない生命エネルギーの結晶のような存在です。精からは生きてゆく上では欠かせない気や血(けつ)がつくられるので、その不足は病気のかかりやすさや抵抗力の低下に繋がります。
外因には主に外部環境の変化が含まれており、風邪(ふうじゃ)・寒邪(かんじゃ)・暑邪(しょじゃ)・湿邪(しつじゃ)・燥邪(そうじゃ)・火邪(かじゃ)が挙げられます。これらはまとめて六淫の邪(「ろくいんのじゃ」又は「りくいんのじゃ」)や外邪(がいじゃ)と呼びます。ここからは簡単に各外邪の内容を説明してゆきます。
風邪とはカゼの初期症状などをもたらす外邪といえます。具体的には寒気、発熱、発汗、頭痛、めまいやふらつき、鼻水や鼻づまり、喉の痛み、咳などが挙げられます。風邪の特徴として症状の移り変わりが速い、上半身に症状が目立つ、そして他の外邪をともなって身体に悪影響を及ぼす点が挙げられます。例としては寒邪と合わさり風寒邪(ふうかんじゃ)、火邪と合わさり風熱邪(ふうねつじゃ)、湿邪と合わさり風湿邪(ふうしつじゃ)という具合です。これらの症状は風邪と各外邪の両方の性質を持ったものとなります。
寒邪とは冬の厳しい寒さやクーラーの当たり過ぎなどにあたります。寒邪によって引き起こされる症状としては強い寒気、頭痛、首肩の凝り痛み、関節痛、腹痛や下痢などが挙げられます。これらの症状は冷えによってさらに悪化します。
暑邪とは夏場の高温や季節に関係なく高温となるような職場や住環境などでの生活にあたります。暑邪による症状としては高熱、顔面紅潮、口の渇き、発汗過多、だるさ、意識障害などが挙げられます。暑邪が引き起こす症状は熱中症によるものとほぼ同じと考えられます
湿邪とは梅雨時の湿気や通気性の悪い環境での生活などにあたります。湿邪による症状としては身体の重だるさ、頭重感、頭痛、むくみ、食欲の低下、吐気、下痢、腰痛や関節痛、湿疹などが挙げられます。湿邪による痛みの症状は雨の日や台風の接近によって悪くなりやすく、シクシクとした鈍痛として現れやすいです。
燥邪とは秋から冬にかけての乾燥した気候などにあたります。燥邪による症状としては口・喉・鼻・眼・皮膚といった身体の乾燥、乾燥した咳、切りにくい痰、喉の痛み、便秘などが挙げられます。
火邪とは炎症や熱感をともなう症状を引き起こす存在です。しばしばみられるものだとカゼによる喉の腫れや痛み、粘々した痰をともなう咳、眼の充血、発熱、頭痛、顔面紅潮などが代表的です。これら以外にもイライラ感、落ち着きのなさ、寝つきの悪さ、鼻血、皮下出血、不正性器出血などの症状も火邪によって引き起こされます。この場合は精神的ストレスの蓄積や慢性病などが火邪を生む原因といえます。
火邪と似た言葉に熱邪(ねつじゃ)があります。両者の内容はほぼ同ですが、病状の強さ(火邪の方がより強い)で使い分けされることもあります。
外因には六淫の邪以外に外傷や癘気(れいき)が含まれます。外傷とは怪我のことであり、癘気とは悪性の感染症(コレラ、ペスト、チフス、ポリオ、天然痘など)を指します。大昔は多発する戦争による怪我や未熟な公衆衛生によって拡大する感染症は大きな問題でした。しかしながら、現代においては西洋医学で対応するべき存在であり、漢方医学(中医学)はそのサポートとしてもちいられます。
下記に挙げる生活の乱れなどの不内外因は今日では外因に含まれています。しかしながら、多くの文献においてまだ「不内外因」という括りがもちいられていることを考慮して、あえて不内外因の項目を設けて解説を進めてゆきます。
不内外因とは生活の乱れ、過労、生活環境の悪化などに代表される健康を損なう要因といえます。これらは現代において非常に重視される病因であり、大昔と比べて非常に存在感のあるものとなっています。上記でも述べたように今日では不内外因という枠組みはあまり使われず、各病因は外因に包括されます。
生活の乱れには食生活、性生活、生活サイクルの乱れなどが含まれます。食においてアルコール、辛いもの、脂肪の多い食事などは身体の中に熱を生みやすくなります。反対に刺身、生野菜、清涼飲料水などの摂り過ぎは冷えを招いてしまいます。性生活の乱れ、つまりは過度な性交渉は腎(じん)に蓄えられている精の消耗に繋がります。生活サイクルの乱れとは主に昼夜逆転の生活といえます。夜間の睡眠は血の充実に繋がります。換言すれば昼夜が逆転してしまうと血の不足を招きやすくなってしまいます。
働き過ぎに代表される過労は気血を消耗する主原因であり、気血両虚を引き起こしてしまいます。さらに過労は往々にして精神的なストレスと運動不足に繋がります。ストレスは気の巡りを妨げ、気滞(きたい)を引き起こしてしまいます。運動不足もまた気血の流れを悪くしてしまいます。
生活環境の悪化には大気や土壌の汚染、食品の汚染、寒さや暑さをしのぐことのできない住環境、その他の公衆衛生に関係する問題や心身に害となる幅広い要因が含まれます。
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