東京有数の老舗漢方薬局です。ベテラン薬剤師がご症状を伺い漢方薬を調合いたします。東京、埼玉県、神奈川県、千葉県を中心に全国からも多数ご来局頂いております。
一二三堂薬局へは「西洋医学的治療を受けてもなかなか症状が改善しない」という理由で多くの方がいらっしゃいます。では、この西洋医学的治療とはどのようなものなのでしょうか。それを通して漢方医学的治療法について解説してゆきたいと思います。
まず、西洋医学の原点はコッホ(1843~1910)やパスツール(1822~1895)らが築いた細菌との戦いの歴史にあるといえるでしょう。現代においても高齢者や病気によって体力を奪われた人にとって感染症は大きな問題ですが、19世紀当時は今と比較にならないほどの脅威でした。
当時、感染症は何らかの「目に見えない存在」によって引き起こされている病気ということまではわかっていましたが、それが目に見えない生き物なのか、悪性の物質なのかなどは不明でした。しかし、コッホやパスツールらの研究によってそれが細菌といった病原性微生物が原因だとわかったのです。その研究成果を足がかりに1920年代、フレミング(1881~1955)が世界初の抗生物質であるペニシリンを生み出しました。
ペニシリンはこれまで人類を苦しめてきた細菌の増殖を防ぐことで感染症を治療するという画期的なものでした。この「明確な原因を叩くことで病気を治療する」という戦術は今日における西洋医学にも通じています。たとえば有名な鎮痛薬であるアスピリンは痛みを起こしている物質(プロスタグランジン)の合成を防ぐことで鎮痛効果を発揮しています。
「明確な原因を叩くことで病気を治療する」という合理性が高く、シャープな西洋医学的治療法ですが弱点もあります。それは西洋医学の視点から見て「明確な原因」がわからない病気や、病気を起こしている原因があまりにも多い場合は対応が難しいという点です。
例として多くの方が患っている高血圧症は高血糖、高脂血症、腎臓機能の低下、過度なストレス、塩分の多い食生活などの複合的な結果としておこります。このように高血圧はそれを起こしている原因が多過ぎて根本的な対応が難しくなってしまうのです。
今日、先進国を中心に衛生環境や栄養状態が大きく改善したことで感染症の脅威は19世紀の頃とは比較にならないほど低下しました。その反面、西洋医学では対応しきれない慢性病、難病、体質的なトラブルという新たな問題が浮上しているのです。
西洋医学が「敵を叩く医学」であるなら漢方医学は「バランスを回復する医学」と考えることができます。
まず漢方医学からみて健康な状態とは気(き)、血(けつ)、津液(しんえき)の質的にも量的にもバランスがとれている状態と考えます。これら気、血、津液は五臓(ごぞう)、つまりは肝(かん)、心(しん)、脾(ひ)、肺(はい)、腎(じん)の協調した働きで生まれ、それぞれの役割を存分に発揮するのです。
身体機能を維持するための源であり「生命エネルギー」のような存在です。身体を活発に動かす、身体を温める、外敵から身体を守る、血や津液を円滑に運行させるなどのはたらきを担っています。
全身を栄養とすることで身体機能の維持に貢献しています。その他にも精神状態を安定させるという重要な働きも持っています。
身体に潤いをもたらす存在です。この働きによって肌や髪が滑らかになり、眼や口の中の粘膜は乾燥せずにいられます。
では、反対に「漢方医学的な病気」の状態を考えてみましょう。これは「漢方医学的な健康」の反対ということになります。つまり病気の状態とは気、血、津液、さらには五臓六腑のバランスがとれていない状態ということになります。その崩れたバランスを回復させる存在が漢方薬なのです。厳密にいえば漢方薬はバランスを回復させるだけではなく、病気の原因(たとえば強い冷えや病邪)を追い払うこともあるのですが、慢性病の場合は上記のようなバランスがとても大事になるのです。
漢方医学における健康と病気を簡単に説明した上で漢方薬を用いた治療について「慢性疲労」という具体例を挙げて説明したいと思います。
近年、長時間労働が当たり前となっている世相を反映してか疲労感を訴えられる方がとても多くご来局されます。多くの場合、疲労感の他に食欲不振、下痢や軟便、身体が冷えやすい、風邪にかかりやすい、汗をかきやすいといった症状が一緒に現れることになります。これらは気が不足している典型的な気虚の症状です。
この気虚に対する治療法は気を補う補気という方法を用います。主に気は食べたものから生まれるので消化器(漢方医学において消化器のことを「脾胃」と呼びます)の力を向上させる人参、黄耆、白朮、茯苓、大棗、甘草といった生薬を用いて気を生み出しやすい体内環境を整えるのです。
具体的な漢方薬としては四君子湯、六君子湯、補中益気湯、人参湯、啓脾湯、参苓白朮散などが代表的でしょう。
気虚について具体的に説明してみましたが、多くの場合は気虚だけではなく血の不足である血虚も一緒に現れているケースが多いです。その理由はそもそも血は気が生まれ変わったものだからです。気が不足し続けると遅かれ早かれ血虚に陥ってしまうのです。
血虚の具体的な症状としては動悸や息切れ、めまい、立ちくらみ、皮膚の荒れ、眼の乾燥感(ドライアイ)や口腔内の乾燥感(ドライマウス)、精神不安、不眠、生理不順などが挙げられます。この血虚の治療法としては血を補う補血という方法を用います。つまり、血を補う生薬である当帰、芍薬、地黄、竜眼肉、酸棗仁、何首烏などの生薬を含んでいる漢方薬を用います。
気虚と血虚を併発している状態である気血両虚の症状に対しては気も血も補う生薬を含んだ十全大補湯、帰脾湯、人参養栄湯などが治療に用いられます。
このように不足しているものは補ったり、具体例として紹介できませんでしたが過剰なものは削ったりすることで気、血、津液のバランスをとってゆきます。これが漢方薬を用いた基本的な治療法になります。
漢方医学的な治療とは気、血、津液などのバランスの崩れを見つけ出し、それを改善することでした。したがって、治療は症状や体質の特徴を把握することによって可能になるので、西洋医学的な病名や原因を必要としません。この点が漢方医学の大きな強みだと感じます。
つまり、西洋医学で原因が不明であったり体質に大きく依存するような病気であっても、異なった視点を持つ漢方医学ならば対応することができるのです。それ以外にも原因は分かっていてもその原因が多過ぎて西洋医学的に対応が難しい病気に対しても漢方薬は有効です。
さらに西洋医学的には病気と考えない状態に対しても漢方薬は力を発揮します。例としては冷え性(冷え症)、食の細さ、疲れやすさ、気力の低下、風邪にかかりやすいといった虚弱体質、老化による体力の低下、さらに病気ではないのに起こる眼精疲労、乾燥肌、むくみ、動悸、喉や胸の閉塞感、腹部の張り感などです。
不妊症、不育症、アトピー性皮膚炎、潰瘍性大腸炎、クローン病、過敏性腸症候群、チッ ク症(トゥレット症候群)、書痙、起立性調節障害、慢性疲労症候群など
生理不順、無月経、月経困難症、子宮筋腫、子宮内膜症、生理前症候群、勃起不全(ED)、 前立腺肥大症、骨粗鬆症、夜尿症など
更年期障害、メニエール病、橋本病、バセドウ病、高血圧症、糖尿病など
その一方で漢方医学が不得意な分野も存在します。たとえば細菌やウイルスといった明確な原因が分かっている感染症は西洋医学が得意とする分野といえます。さらに外科的治療、つまり手術によって患部を取り除いたりする技術は漢方医学を含んだ東洋医学には無い強みです。その他に急性の重い症状、具体的には急激な高血圧、意識障害、脳卒中、心不全などは西洋医学を第一優先にするのが良いでしょう。
このように漢方医学的な治療法を説明してきましたが、しばしば「漢方は科学的ではない」「気、血、津液なんて信じられない」という言葉を耳にします。
「そもそも論」になってしまいますが漢方医学を支える諸理論は科学的ではありません。近年、漢方薬の効能が科学的(統計学的)に証明され始めていますが、漢方医学の全てを科学的手段で説明するのはなかなか困難だと個人的には思います。
何事も経験はそれを体験した人間しか得ることができません。しかし、その経験を気や血といった言葉を用いて体系的な医学にすることで後世に伝承してゆくことが可能となります。漢方医学はそうして2000年近い経験を蓄積しながら今日に至っているのです。
漢方医学的な理論は他にも古代中国における宇宙観である陰陽論や五行論も色濃く反映されています。このような経緯で今日まで生き続けている漢方医学に対して、科学技術に満たされた現代人が不信感や疑問を抱くのは当然なのかもしれません。
しかしながら、科学的ではないという理由で数千年にわたって連綿と続いてきた「遺産」を放棄してしまう必要はないのではないでしょうか。私は漢方薬局における仕事を通して漢方薬の有効性を日々感じております。
人間は平面的な存在ではありません。「月の映っている写真」は平面なので正面から見ればその全てを知ることができます。しかし、夜空に浮かぶ本物の月は、ちょうど地球からはその裏側が見えないように、固定された一点から全てを知ることはできません。同じように人間という立体的な存在を見つめるためには科学とは異なった視点、漢方医学的な視点も必要なのではないでしょうか。