バセドウ病は甲状腺から甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気であり、自己免疫疾患のひとつです。甲状腺ホルモンは交感神経にはたらきかけて身体を活性化させる作用を持ったホルモンです。したがって、甲状腺ホルモンが必要以上に分泌されると身体がまるでいつも運動をしているような、過活動状態に陥りさまざまな症状が現れます。
甲状腺機能亢進症にはバセドウ病以外にも無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎などが含まれますが、多くの場合はバセドウ病のことを指す病名として扱われています。日本においてはバセドウ病という病名が一般的ですが米国などではクレーブス病(クレブス病)とも呼ばれます。
甲状腺ホルモンの分泌は甲状腺刺激ホルモン(TSH)が甲状腺に存在するTSHレセプターを刺激することで起こります。早口言葉のようですが、単純にいえばTSHレセプターが刺激されることで甲状腺ホルモンが分泌されるということです。
バセドウ病の場合、TSHレセプターを刺激する抗体がなんらかの原因で生まれてしまい、まるで甲状腺刺激ホルモンのように甲状腺ホルモンの分泌を促してしまいます。このようなウイルスや細菌といった外敵ではなく身体の一部(バセドウ病においてはTSHレセプター)に作用してしまう抗体を自己抗体と呼びます。TSHレセプターを刺激する自己抗体は通常の甲状腺刺激ホルモンのような適切なコントロール(抑制)を受けないので、結果的に過剰な甲状腺ホルモンが分泌されることになります。
バセドウ病は本来なら身体を守るはずの免疫系が、自己に対して危害を加えてしまう代表的な自己免疫疾患といえます。バセドウ病は他の自己免疫疾患(橋本病、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群など)と同様に女性、特に30代以上の女性に多いという特徴を持っています。
甲状腺刺激ホルモンのようなはたらきをする自己抗体は交感神経を興奮させ、まるでいつでも運動しているような身体状態をつくりだします。具体的には疲労感、身体の重だるさ、動悸、息切れ、頻脈、発汗、暑がり(ほてり感)、慢性的な微熱、手足の震え、体重の減少、皮膚のかゆみ、脱毛、口の渇き、便通回数の増加、イライラ感、入眠困難、眼球突出などが挙げられます。
バセドウ病において眼球突出という特徴的な症状が有名ですが、これは必ずしも現れるわけではありません。バセドウ病の諸症状は更年期障害と似ているものも多く、しばしば自己判断で更年期障害と思いこみバセドウ病が発見されずに放置されることがあります。
バセドウ病の西洋医学的な治療は薬物治療、手術、放射線治療に分けられます。薬物治療においては甲状腺ホルモンの合成を抑制する薬を服用することによって過剰な交感神経の興奮を抑えます。
薬物治療がうまくゆかない場合は手術が選択されます。手術によって甲状腺の一部を切除し、甲状腺ホルモンの生合成を抑えます。放射線治療は放射線を発生させる特殊なヨード薬を服用します。このヨード薬が選択的に甲状腺に集まることで、放射線の力によって甲状腺を破壊します。いわば「人工的に計画性を持った内部被ばく」を行う治療法といえます。
漢方医学的にバセドウ病を見ると主に心肝火旺(しんかんかおう)という状態であると考えられます。心肝火旺とは精神的ストレスなどによって五臓六腑における心や肝に熱が発生している状態です。この「熱」とはあくまで漢方医学における熱であり体温計で測れる熱を指しているわけではありません。
心肝火旺という病的状態では生まれた熱によって発汗、暑がり、口の渇き、慢性的な微熱などいかにも「熱っぽい」多彩な症状が現れます。さらに心や肝は精神状態を安定化させる仕事も担っています。そこに熱が発生してしまうことで安定化が難しくなり、イライラ感や入眠困難といった精神症状も現れてきます。
その他にも心は血を全身に送り出す仕事も行っているので、熱によって動悸や頻脈などが引き起こされます。過剰な熱は徐々に体力も奪い、疲労感や重だるさ、体重の減少も顕著になってゆきます。
バセドウ病は主に心肝火旺によって生まれた熱によって引き起こされる病気と考えられます。したがって、過剰な熱を取り除くことが治療の中心となります。この熱を取り除くには黄連、黄芩、黄柏、山梔子、知母、石膏などの清熱薬を含んだ漢方薬がもちいられます。
熱を生み出していた原因が精神的ストレスにあるケースでは柴胡、枳実、陳皮、半夏、厚朴、香附子、薄荷、紫蘇などの気の流れをスムーズにする理気薬と呼ばれる生薬をもちいて肝や心の負担を軽減します。その他にもイライラ感や入眠困難などの精神症状が強い場合は鎮静効果の高い竜骨、牡蠣、酸棗仁、遠志などの生薬を含んだ漢方薬が使用されます。
心肝火旺によって生まれた熱が長引けば、大地が強い日光によって干からびてしまうように身体にも乾燥症状(肌のかゆみや口の渇きなど)が起こります。したがって、乾燥症状が見られるケースでは熱を取り除きながら麦門冬、天門冬、地黄などの潤いをもたらす生薬も検討されます。
このようにバセドウ病の症状は疲労感や動悸などの身体症状からイライラ感や入眠障害などの精神症状まで非常に多彩なので、病状と体質から適切な漢方薬をもちいることが非常に重要です。治療の進展によって病状は刻々と変化してゆくので臨機応変に対応することがポイントとなります。
患者は40代前半の女性・保育士。数年前から動悸、のぼせ、焦燥感やイライラ感などに困っていましたが健康には自信もあったので「少し早めの更年期障害がきた」くらいに考えて特に病院にもかからなかった。しかし、徐々に疲労感と息切れまで出るようになり、うまく睡眠もとれなくなってしまいました。次第に多くなってくる症状に不安を感じて病院を受診。血液検査の結果、バセドウ病と診断されました。
病院からは甲状腺の一部切除手術を薦められるも抵抗を感じ、甲状腺ホルモンの量を低下させる薬物療法を開始。薬物療法を始めてからのぼせや発汗は減ってきましたが、時に起こる激しい動悸や寝つきの悪さはなかなか解消されなかった。病院の他に不快症状を軽減するためのサプリメントなどを探している際に漢方薬を扱う当薬局を知りご来局へ。
ご来局時に詳しくお話を伺うと、疲労感があるのにしっかりと眠れないのがとても辛いとのこと。体力的に余裕がなくなってしまった為か精神的にもやや不安定な印象でした。この方には熱性症状を鎮めるのに優れている黄芩や大黄、鎮静作用に高い効果が期待できる竜骨や牡蠣が含まれている漢方薬を服用して頂きました。黄芩と大黄には興奮を抑える働きもあるので竜骨や牡蠣と協同して入眠困難を解消する狙いがありました。
漢方薬を服用し始めて4ヵ月が経過した頃には布団の中で眠れないことに焦りや苛立ちを感じることも少なくなり、疲れている日はすぐに眠れるようになったとのこと。腹部から胸にかけて突き上げるような動悸が出ることも滅多になくなっていました。その一方でフルタイムの仕事をしている影響もあり、ややイライラ感が気になるとおっしゃられました。
そこで気の流れを円滑にして気持ちを落ち着ける柴胡や薄荷を含んだ漢方薬に変更しました。新しい漢方薬を開始して3ヵ月が過ぎると精神的にも落ち着きを取り戻し、心身ともに安定しているとのこと。この方はその後もバセドウ病の症状は軽減され、きついシフトの時期でもダウンすることがなくなりました。漢方薬は季節や体調の変化に合わせながら微調節を行い、現在も服用を継続されています。
バセドウ病は現れる症状に個人差はありますが、女性を中心に意外なほど患っている方が多い病気のひとつです。今日、バセドウ病に対する西洋医学的な薬物療法はある程度確立されています。しかし、妊娠を希望されているので西洋薬が使用できない方や西洋薬を服用しても症状が改善しきらない方には漢方薬はとても有効な解決手段となるでしょう。
当薬局には西洋薬を使用してもなかなかバセドウ病の改善が見られなかった方、他にも副作用で服薬が継続できなかった方がしばしば来局されます。そして漢方薬を服用し始めてから、バセドウ病特有の動悸やイライラ感などの症状が少しずつとれてくることから、バセドウ病と漢方薬は「相性」が良いと実感しています。是非一度、バセドウ病にお悩みの方は当薬局にご来局くださいませ。