咳は呼吸を通じて身体内に入ってくる異物(ウイルスや細菌などの病原体、煙やほこりなど)を排出する一種の防御反応です。このような咳は正常な反応ですが、気管や気管支に慢性的な炎症が起こって呼吸困難に陥ってしまう気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、そして咳喘息などは病的な咳といえます。
気管支喘息や咳喘息以外にも、カゼを含めた感染症によるもの、逆流性食道炎による喉への刺激、さらには精神的なものや声の出し過ぎによるものなど咳を起こす病気や原因はとても多いです。このページでは咳喘息を中心に慢性的な咳の症状を取り上げてゆきます。
咳が起こる原因は咳を起こしている病気の内容によって異なります。しかし、多くの場合において咳は気管や気管支などの炎症が原因となります。慢性的な咳をもたらす咳喘息もまた、気管などの粘膜に炎症が起こることで咳の症状が現れます。
咳喘息のように呼吸器の炎症があると少々の刺激によって激しい咳き込みが起こりやすくなってしまいます。この刺激もアレルギー性のものと非アレルギー性のものに大きく分けられます。前者にはダニやホコリなどを含むハウスダスト、犬や猫の毛や皮膚、花粉などが代表的なアレルゲン(アレルギー反応を起こす物質)です。後者にはタバコの煙、車や工場の排煙、季節の変化や寒暖差、運動、ストレス、刺激の強い食べ物やアルコールなどが挙げられます。
ここでは咳喘息について症状をまとめてゆきます。咳喘息の症状はその名の通り、慢性的に続く咳です。かぜなどをきっかけに1ヵ月以上も咳が長引く場合は咳喘息が疑われます。「咳喘息」という病名がついていますが、咳喘息においては気管支喘息に特徴的な喘鳴(「ゼーゼー」や「ヒューヒュー」という呼吸音)は起こりません。これは気管支喘息と比較して咳喘息は気道の閉塞が強くないからです。
咳以外の咳喘息の症状としては喉のイガイガとした不快感、連続した咳き込みによる呼吸困難などが挙げられます。咳の症状はしばしば早朝や深夜に起こりやすいので、不眠に悩まされてしまう方も少なくありません。咳がいつ起こるか心配になり、物事に対する積極性が低下してしまうケースもみられます。
ここでは咳喘息の西洋医学的治療法を挙げてゆきます。咳喘息の治療法は気管支喘息の治療法と大きく差はありません。両者とも呼吸器の炎症を抑えるために吸入ステロイド薬と呼吸を楽にする気管支拡張薬が使用されます。
漢方の考え方において咳を起こす原因は大きく2つに分けられます。ひとつは外邪が肺に侵入した結果として起こる咳です。そしてもうひとつは気や津液の不足や津液の滞りなどによって肺のはたらきが悪くなり、咳が起こるというものです。一方で現実的には両者が混在した、複雑な病態となっていることが多いです。
外邪の場合、どのタイプの外邪が侵入したかによって症状も異なります。具体的には風寒邪(ふうかんじゃ)が肺を侵すと咳にくわえて白色の痰、頭痛、水っぽい鼻水や鼻づまりなどが併せて現れやすくなります。風熱邪(ふうねつじゃ)が肺で悪さをすると黄色く粘り気の強い痰が咳とともに出やすくなります。他にも喉の痛みや乾燥感も伴いやすいです。
気が不足した気虚の状態になると、肺の呼吸機能が低下して息切れや疲労感とともに咳が現れやすくなります。気は外邪から身を守るバリアのはたらきも担っているので、その不足は外邪の肺への侵入も容易にしてしまいます。
気虚に陥ると肺だけではなく脾(消化器のはたらきを代表する存在です)の機能も低下し、津液が滞って生まれる病的産物の痰飲がたまりやすくなります。この痰飲は徐々に肺を侵し、より肺のはたらきを悪くしてしまいます。気だけではなく身体に潤いを与える津液が減少すると、喉の不快な乾燥感やほてり感などもみられるようになります。
漢方における咳の治療は、咳の症状がまさに起こっている場合は外邪の侵入を受けていることが多いのでその発散を優先させます。そして、症状が落ち着いたところで抜本的な体質改善に着手します。 外邪に対しては解表薬、体質改善には補気薬や滋陰生津薬が中心となります。
急性の咳が現れた場合、症状からどのタイプの外邪の影響を受けているのかを判断し、使用される漢方薬が決定されます。風寒邪に対しては身体を温めつつ、風寒邪を追い払う生薬である辛温解表薬を含んだ漢方薬がもちいられます。具体的な辛温解表薬としては麻黄、桂枝、生姜、荊芥、防風、細辛などを含んだ漢方薬になります。特に麻黄は咳を鎮める力が優れているので繁用されます。
風熱邪には過剰な熱を鎮めつつ、風熱邪を発散させる辛涼解表薬を含んだ漢方薬が使用されます。具体的な辛涼解表薬としては葛根、柴胡、薄荷、連翹、升麻などが挙げられます。熱(炎症)による化膿した痰が目立つ場合は清熱作用が強い石膏、咳が強い場合は麻黄などと併せて使用されます。
疲労感や食の細さが目立つような気虚の場合、気を補う補気薬を含んだ漢方薬がもちいられます。代表的な補気薬としては人参、黄耆、大棗、白朮、甘草などが挙げられます。気の状態が上向けば、徐々に脾において痰飲も生まれにくくなります。呼吸器も含めた身体の乾燥感が顕著な場合は潤いを与える生薬(生津薬)である麦門冬や天門冬なども使用されます。
咳を予防するうえで咳はどのようなケースで現れやすいか、または悪化しやすいかを把握しておくことが大切です。例えばハウスダストが咳の原因ならこまめな掃除、季節の変わり目に起こりやすいようならこの時期は睡眠不足や疲れをためないようにするといった対策が可能になるからです。
食生活においては刺激が強く炎症を助長させやすい辛いものやアルコール度数の高いお酒は控えましょう。タバコはそこに含まれるニコチンなどが肺で炎症を起こし、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の主原因となりますので絶対に禁煙しましょう。
患者は30代前半の女性・塾講師。職業柄、一日中声を出していなければならないので年に数回はつらい咳をともなうカゼを引いてしまうという。約2ヵ月前にもカゼから咳と喉が痛くなったが、なかなか治らず肺の底から出るような強い咳が止まらなくなってしまった。呼吸器内科を受診して治療薬を使用するもスッキリとせず当薬局にご来局。
詳しく現在の様子を伺うと、その途中でもケホケホケホと連続して乾燥した咳が出てしまうような状態。喉の痛みはなく、痰もほとんどないか切れないくらい少ないという。呼吸器以外のご症状としては咳をするのに疲れてしまい、気力も低下気味。食事を摂っている時も咳でむせてしまうこともあるので、食欲もあまり湧かないという。
咳の状態やそれ以外の情報を勘定してこの方はカゼをきっかけに気と津液が不足している状態と判断しました。そこで潤いをつける麦門冬、咳を鎮める半夏、そして気を補う人参などを含んだ漢方薬を服用して頂きました。くわえてこの時期は冬だったので、出来るだけ部屋は加湿するようにお願いしました。
服用から1ヵ月半が経つと顔を赤くするような強い咳き込みはかなり減ったとのこと。その一方で声の出し過ぎからまた喉が痛くなり、黄色いネバネバした痰が出始めていました。そこでこれまでの漢方薬をいったん中止して、炎症を鎮める石膏と膿を出す桔梗を含んだ漢方薬に変更しました。
新しい漢方薬に切り替えて15日ほどで喉の痛みや痰は鎮まったので、最初に調合した漢方薬へ再度変更。それから3ヵ月程度、服用を継続して頂いた頃には咳や切りにくい痰のご症状は消えていました。咳が出なくなってからは疲労感も軽減されたとのこと。季節も春になり、湿度が上がってきたこともご症状の改善を後押ししてくれました。
その後は継続的にこれまでの漢方薬を服用しつつ、喉に痛みなどの違和感を覚えたら早めに以前の石膏と桔梗を含んだ漢方薬を使用してもらうようにお願いしました。この漢方薬の組み合わせにしてからは以前のように頻繁に風邪を引くこともなく、うまく体調をコントロールできるようになりました。
慢性的な咳は症状自体がつらいだけではなく、会話を難しくしたり睡眠不足の原因にもなってしまいます。強い咳き込みが続くと肋骨を疲労骨折してしまうこともありますので「たかが咳くらい…」と軽視はできません。
漢方薬は幅広い咳の症状に対応することができます。咳を起こしている原因に対してアプローチすることで咳を起こしにくい身体づくりも行えます。病院の治療薬を服用してもなかなか治らない方や、繰り返し咳の症状に悩まされている方は是非、当薬局へご相談ください。