月経前不快気分障害とは、生理前の数日前から重い精神症状などを引き起こす病気です。
この精神症状の内容は気分の沈み、不安感、緊張感、イライラ感、そして不眠症など幅広いものであり、日常生活に大きな支障をきたしてしまうものです。
月経前不快気分障害はその英語表記の略であるPMDD(Premenstrual Dysphoric Disorder)や、月経前不機嫌性障害とも呼びます。
月経前不快気分障害(PMDD)と似た病気に月経前症候群(PMS)が存在します。
月経前症候群(PMS)は月経前不快気分障害(PMDD)と同様に、生理前に現れる身体症状と精神症状を起こす病気です。
両者は共通点も多く非常に似た病気ですが、月経前不快気分障害(PMDD)は月経前症候群(PMS)と比較して、精神症状がより顕著な病気といえます。
なお、月経前症候群(PMS)につきましては【月経前症候群(PMS)】に漢方という選択肢で解説しておりますので、あわせてご覧ください。
月経前不快気分障害(PMDD)の明確な原因はまだ明らかになっていません。
女性ホルモンの異常や、神経伝達物質であるセロトニンの減少が関係しているという説が有力視されています。
その一方でなぜセロトニンの減少が生理周期と連動して起こるのかなど不明な点もまだ数多くあります。
月経前不快気分障害(PMDD)の特徴的な症状として重い精神症状が挙げられます。
多くの場合、症状は生理の7~10日前から現れ始めるといわれています。
重い精神症状は生理前に現れ、そして生理が始まる頃に消失する点が他の精神疾患と異なる点です。
気分の上下が激しい月経前不快気分障害(PMDD)においても、月経前症候群(PMS)で見られる身体症状が現れることもあります。
具体的には、疲労感、ほてり感、胸の張りや痛み、頭痛、腹痛、下痢や便秘、むくみなどが代表的です。
一方で月経前不快気分障害(PMDD)の中心は重篤な精神症状であり、その内容としては上記でも既に挙げたような気分の乱高下に加えて食欲不振や過食、集中力や気力の低下、不眠症なども含まれます。
不眠症や食欲不振はPMDDやPMSのイメージとやや結び付きにくいので、治療されず放置されてしまうことも少なくありません。
一二三堂薬局にいらっしゃる方でもPMDDを改善する漢方薬を服用後に、快適に眠れるようになった結果、不眠症もPMDDの症状だったと分かったケースもありました。
月経前不快気分障害(PMDD)の治療には気分を安定させる薬、特にセロトニンのはたらきを高めるSSRIと呼ばれる薬が用いられます。
精神症状に加えて身体症状も見られる場合は鎮痛薬や便秘薬などが適宜用いられます。
月経前不快気分障害(PMDD)を漢方医学の視点から考えると、多くのケースでは気の巡りが悪くなっている肝気鬱結(かんきうっけつ)の状態と捉えることができます。
肝気鬱結とは何らかの原因(主には精神的ストレス)によって、生命エネルギーである気の巡りが悪くなってしまった状態を指します。
肝気鬱結に陥ると憂うつ感、緊張感、イライラ感などの精神症状に加えて喉や胸の圧迫感、胸部や腹部の張りや痛み、吐き気、下痢や便秘といった身体症状が現れます。
肝気鬱結の状態が慢性化すると、滞った気が熱を帯びてより精神症状が重い心肝火旺(しんかんかおう)の状態に移行します。
そうなると上記の症状に加えて強い焦燥感や怒りっぽさ、不眠症、激しい頭痛などが顕著となります。
この状態にまで進んでしまうと、どの症状も燃え上がる炎のような激しいものになってしまいます。
気には血を全身に巡らす働きがあります。気が滞ってしまうと、それにあわせて血の巡りも悪くなってしまいます。
このような血の滞りを瘀血(おけつ)と呼び、生理不順や生理痛(月経困難症)の原因になってしまいます。
月経前不快気分障害(PMDD)の症状に加えて、生理不順などにも悩まされている場合、瘀血(血の滞りの状態)が潜んでいる可能性が高いです。
このように月経前不快気分障害(PMDD)は気の異常を中心としつつ、そこから血のトラブルにも波及しやすいです。
漢方薬を用いて月経前不快気分障害(PMDD)の治療を行う場合、気の巡りを改善することが必須となります。
さらに精神症状が特に顕著なケースでは、滞った気が熱を帯びていると考え、それらを鎮める必要もあります。
まず気の流れを改善する生薬(理気薬)である柴胡、薄荷、枳実、陳皮、半夏、厚朴、香附子などを含む漢方薬が月経前不快気分障害(PMDD)治療の中心となります。
イライラ感やほてり感といった興奮性の症状が目立つ場合は気の熱を冷ます生薬(清熱薬)の黄連、黄芩、黄柏、山梔子、牡丹皮、知母を豊富に含んだ漢方薬が有効です。
他にも不安感や動悸が顕著なら、精神安定作用に優れた安神薬の牡蛎や竜骨がより適しています。
気の滞りに引きずられて血の流れも悪くなっているケース、瘀血が顕著なケースでは活血薬である桃仁、川芎、牡丹皮、紅花、延胡索を含む漢方薬が用いられます。
月経前不快気分障害(PMDD)の精神症状に加えて生理痛、生理不順、不正性器出血などがみられる場合は瘀血への対応は必須となります。
当薬局にいらっしゃるPMDDの方の多くに、生理痛や生理不順といった他の婦人科系トラブルも見られます。
したがって、月経前不快気分障害(PMDD)は気のトラブルを中心に考えつつ、瘀血への対応なども必要となってきます。
このように月経前不快気分障害(PMDD)の治療は病名にこだわらず、患っている方の症状や体質に沿って漢方薬を選択する必要があります。
月経前不快気分障害(PMDD)の大きな特徴として生理の数日前から辛い精神症状が現れ、生理が始まる頃になるとスッと症状が消失する点です。
つまり他の多くの病気と異なり、ある程度の病状予測がつくことになります。
この点を生かしてできる限り仕事のピークなど、心身に負担のかかるイベントを事前に避ける習慣作りが大切です。
加えて、発症時も無理に通常と同じ効率を求めるとそれが新たなイライラを生んでしまいます。
「いつもの60%くらいの力でも仕方がない」というくらいの割り切りも必要になります。
月経前不快気分障害(PMDD)の原因が気の乱れである場合、精神的なストレスはより症状を悪化させる主要因となります。
症状が出ていないときから休日や睡眠の時間を確保して、心身両面の余裕を保つことは極めて重要です。
患者は30代前半の女性・公務員。学生時代から生理の1週間前から気分の落ち込みが始まり、マイナス思考が止まらないご症状に悩まされていました。
後ろ向きな精神状態は生理が始まると嘘のように消えるというサイクルが数年間続きました。
その後、役所に勤め始めた頃からは生理前のイライラ感が顕著になり、些細なミスでもその日の業務に支障が出るほどになってしまいました。
婦人科から月経前不快気分障害(PMDD)と診断され心療内科を紹介され受診するも、安定剤の吐き気とふらつきで治療を断念。当薬局にご来局されました。
よくお話を伺うと学生の頃と同様に生理前になると激しく精神状態が不安定になり、基本的には怒りっぽさが自分でもコントロールできないほどの状態でした。
他にも冷えのぼせや生理痛も気になるということで、この方にはまず気の状態を安定させる柴胡や薄荷、血の巡りをよくする当帰や牡丹皮から構成される漢方薬を服用して頂きました。
加えてデスクワークでほとんど日中は動かないと伺ったので、気の巡りを改善するためにウォーキングを中心とした軽運動もお願いしました。
2か月服用された段階で瘀血が改善されてきたためか、生理痛や顔の不快な熱感は半分以下になったとのご報告。
一方で月経前不快気分障害(PMDD)特有の、メンタル面の上下はあまり変化がありませんでした。
4か月が経過しても大きな変化がなかったので黄芩、黄連、大黄などの気の過剰な熱を抑える漢方薬に変更へ。
新しい漢方薬に変更後、さらに3か月が経つと生理前のカリカリとした心に余裕がない状態が大きく改善されました。
「怒りの沸点がだいぶ高くなった(怒りにくくなった)」とのこと。冷えのぼせや月経困難症もこれまで通り安定していました。
その後も月経前不快気分障害(PMDD)による気分の波は、意識してコントロールできる水準まで良くなりました。
その後は配置替えでストレスがかかることも多かったそうですが、イライラ感や落ち込み感が顕著に出てくることは減り、仕事もうまくこなせているとのこと。
この方には気の巡りの改善を行う漢方薬を中心としつつ、微調節を行いながら服用を継続していただいています。
月経前不快気分障害(PMDD)に悩まされている方は精神状態の乱れだけではなく、生理痛や生理不順、さらには不眠症など複数の症状を抱えていることがしばしばです。
多くのケースでは生理前の数日間で症状は消えますが、長い人生においてそれらを積み上げれば相当の時間にわたって生活に大きな支障が出ていることになります。
漢方薬による治療は月経前不快気分障害(PMDD)の精神症状にのみ着目するのではなく、心身の崩れたバランスを改善することで幅広い症状の治療を目指します。
月経前不快気分障害(PMDD)に悩まれている方はぜひ、一二三堂薬局へご相談ください。【執筆・監修:吉田 健吾(薬剤師・一二三堂薬局代表)】