睡眠相後退症候群(読み方は「すいみんそうこうたいしょうこうぐん」)とは睡眠障害のひとつであり、入眠困難と起床困難の両方が起こってしまう病気です。睡眠相後退症候群はその英語名である「Delayed Sleep Phase Syndrome」の頭文字を取ってDSPSや睡眠・覚醒相後退症候群とも呼ばれます。
睡眠相後退症候群をより簡単に表現すると、眠れる時間帯が後ろにずれてしまう病気といえます。
たまに夜更かしをして朝に起きられなかったという経験は誰にもあるでしょう。一方で睡眠相後退症候群の場合、入眠困難と起床困難が慢性的に起こり、一般的な努力(目覚まし時計の使用など)で改善することは困難です。
睡眠相後退症候群は若年層に発症しやく、特に思春期から青年期に起こりやすいという特徴があります。本ページでは深掘りしませんが、早く入眠して早く起床する睡眠相前進症候群は高齢の方に多いです。
睡眠相後退症候群は就寝時間が遅れてしまい、起床時間も遅れてしまう病気です。個人差はありますが就寝時間と起床時間が3~6時間ほど遅れてしまうことが多いです。したがって、眠れるのが午前3:00~6:00となり、起きられるのが10:00~13:00くらいとなってしまいます。
睡眠相後退症候群を発症してしまうと一般的な社会生活がスタートする時間に起きることが困難となり、仕事や学業に大きな支障が出てしまいます。早い時間に起床できても、身体のだるさ、日中の眠気、頭痛、めまいや立ちくらみ、食欲不振、憂うつ感などによって行動に支障が生じやすいです。
無理解によって会社や学校から「甘えている」「努力が足りない」と指摘されてしまうと社会生活が送りにくくなってしまいます。それによって気分の落ち込みが顕著となり、動ける時間帯でも外出する気力が低下してしまうケースも少なくありません。
原因不明の不登校や出社困難の背景には見逃されている睡眠相後退症候群が潜んでいる可能性があります。このような睡眠相後退症候群の二次的な問題も軽視できません。
一般的な不眠症と違って睡眠相後退症候群では中途覚醒(途中で眠りから覚めてしまうこと)が問題になることは少ないです。このように眠れる時間帯が後ろ側にスライドしている点が睡眠相後退症候群の大きな特徴といえます。
起立性調節障害とは自律神経(意識しなくても自動的にはたらいてくれる神経)による循環器系のコントロールがうまく行かず、低血圧症、頻脈や動悸、起床困難、倦怠感、頭痛、めまいや立ちくらみ、食欲不振などが起こる病気です。
起立性調節障害の大きな特徴として午前中を中心に一日の前半に体調が悪く、後半に好転しやすい点が挙げられます。
起立性調節障害と睡眠相後退症候群はともに朝方に起床するのが難しいという共通点があります。他にも思春期以降に発症しやすい点も共通しています。
一方で両者の原因には違いが見られます。起立性調節障害は自律神経の未発達が発症の原因と考えられています。一方、睡眠相後退症候群は睡眠をコントロールするホルモンのバランスが崩れることによって発症するという説が唱えられています。
睡眠相後退症候群の原因はまだ明確にはわかっていません。一方で長時間労働やシフト制勤務などによる生活リズムの乱れが発症の引き金になっていると考えられています。
具体的には本来なら夜間に分泌されて睡眠を促すメラトニンというホルモンの分泌に異常を起こしているという仮説が提唱されています。
西洋医学的な睡眠相後退症候群の治療法はまだ確立されていません。対処療法として睡眠を促すホルモンであるメラトニンのような作用を持つロゼレム(一般名:ラメルテオン)、覚醒を促すホルモンのはたらきをブロックするデエビゴ(一般名:レンボレキサント)などがしばしば使用されます。
漢方医学において睡眠には心(しん)と肝(かん)が深く関係しています。両者はメンタル面に深く関係しており、心は意識の保持、肝は情緒や感情のコントロールを行っています。
慢性的なストレスや生活リズムの崩れなどで心や肝のはたらきが乱されてしまうと、寝付きの悪さ、眠りの浅さ、悪夢をよく見るといった睡眠トラブルが起こりやすくなってしまいます。
心や肝が失調すると睡眠トラブル以外にも、イライラ感、不安感、焦燥感、集中力・注意力・記憶力の低下、無気力、動悸、筋肉や眼に関係する症状もあわせて起こりやすくなります。
なお、ここで登場した心や肝は漢方医学上の概念で、西洋医学的な心臓や肝臓ではないのでご注意ください。
睡眠相後退症候群の方においては心や肝に問題を抱えていることが多いです。したがって、入眠困難と起床困難とそれ以外の症状にも着目して漢方薬を調合します。
ストレスや不摂生などによって心や肝がダメージを受けてしまうとそこに蓄えられている血(けつ)が消耗し、本来のはたらきが出来なくなってしまいます。
睡眠トラブルにくわえて不安感、集中力や記憶力の低下などもあるなら血を補う生薬を含んだ漢方薬が使用されます。具体的な血を補う補血薬(ほけつやく)としては酸棗仁、竜眼肉、地黄、芍薬、当帰などが挙げられます。
他にも気分の沈み、喉のつまり感、胸や腹部の張り感、食欲不振などがある場合は気の流れが悪くなっている可能性があります。気の巡りを改善する理気薬(りきやく)である柴胡、厚朴、半夏、薄荷、枳実、香附子などを含んだ漢方薬が有効です。
夜になっても非常に目が冴えてしまう、日中のイライラ感や興奮を抑えられないような方は黄連、黄芩、黄柏、山梔子といった身体をクールダウンする生薬も有効です。
他にも不安感や動悸などがあれば竜骨や牡蛎、起床後の強い疲労感があれば人参や黄耆を含んだ漢方薬も検討されます。このように睡眠相後退症候群を改善する漢方薬は、入眠困難や起床困難以外の症状も総合的に考慮して調合されます。
スマホやタブレットの光や画面の動きは刺激が強いので目が冴えてしまいます。ネガティブな情報に触れたりすると不安感や気分の沈みにも繋がり、ますます寝入りを悪くしてしまいます。
夕食後や夜の入浴後は意識して使用しないようにしましょう。寝室やベッドにスマホを持ち込まないといった対策も有効です。
カフェインは覚醒作用があるので夕方以降は摂り過ぎないように注意しましょう。カフェインを含む代表的なものコーヒー、緑茶、紅茶、ほうじ茶、ウーロン茶、エナジードリンク(栄養ドリンク)などが挙げられます。
どうしてもコーヒーを楽しみたい方はカフェインレスを選びましょう。カフェインを含まないお茶の代表は麦茶です。夕方以降は出来る限り、ノンカフェインの物を選択してください。
眠りを促すためには軽い運動が効果的です。一方で気合を入れ過ぎると継続が難しいので出来る範囲で取り組むのが良いです。帰宅時や買い物の際に少し遠回りをする、積極的に階段を使い、エレベーターやエスカレーターを避けるといったところからスタートするのが良いです。
休日や体調がすぐれない日でも一日中自宅に引きこもるのは良くありません。軽く太陽の光を浴びに行くだけでも良いので、身体を動かすことを意識しましょう。
患者は中学2年生の女子。中学1年生の夏ごろから徐々に起きることが難しくなった。最初の内は夏バテや部活動の疲れが出ているのかと思っていたが入眠も出来なくなり、遅刻が増えていった。
ご両親は起立性調節障害を疑い、大学病院の小児科を受診。検査の結果、低血圧症や頻脈といった起立性調節障害に特徴的な症状は無く、睡眠相後退症候群の診断が出ました。
病院から処方された薬を服用するとやや眠りやすくなったが、起床は難しく授業を1時間目から受けることはできなかったという。当薬局へはお母様に更年期障害を改善する漢方薬を調合していた流れで娘様の漢方薬も調合することになりました。
くわしくお話を伺うと入眠困難と起床困難、他に午前中は疲労感、食欲不振、動悸、集中力や注意力の低下があるとのこと。顔色はやや白く、声はとても小さく、マスク着用だと声がほとんど聞こえないくらいでした。
娘様は気血の不足が目立つと考え、気を補う人参や黄耆、血を補う酸棗仁や竜眼肉を含む漢方薬を調合しました。日常生活においては在宅時間と比例して伸びていたスマホの使用を制限して頂き、途中参加でも良いので登校の継続をお願いしました。
服用から2~3ヵ月で後退していた睡眠時間が前倒しされ、入眠が0時を過ぎることは無くなりました。起床についても登校できないことは無くなり、帰宅後もグッタリしてしまうことは減ってきました。
その後も頑張って継続して頂き、症状に波はありながらも一歩一歩の改善が見られたので同じ漢方薬を調合いたしました。受験を控える中学3年生に進級される頃には睡眠トラブルを中心にほぼ症状は改善されました。
一方で受験生となったストレスからイライラ感や生理不順が目立ちだしたので、気血の巡りを改善する漢方薬へ変更。そのまま受験を迎えられ、大学附属の高校に進学されました。心配だった新生活が始まっても、大きく睡眠時間がずれることなく過ごされています。
睡眠相後退症候群(DSPS)の特徴として発症するのが学童期に多いことが挙げられます。そのため、不登校や引きこもりに繋がってしまう可能性もあります。近年開発された病院の薬は安全性も高く、使用しやすいものが増えてきました。一方でお子様に服用させることに抵抗感を抱く保護者様の気持ちも理解できます。
漢方薬は安全性も高く、倦怠感や気分の沈みといった睡眠のずれ以外のご症状にも対応できます。睡眠相後退症候群のお困りの方は是非、当薬局へご相談ください。