SIBOとはSmall Intestinal Bacterial Overgrowthの略称で、小腸内細菌異常増殖症と訳されます。とても長い病名なのでしばしば「シーボ」と呼ばれます。
近年、「腸内細菌」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。その一方で細菌が腸のどこに生息しているか答えられる方は少ないのではないでしょうか。
健康なヒトの場合、水分を吸収する大腸に多くの腸内細菌が生息しており、相対的に小腸にはあまり存在していません。SIBOは何らかの理由で小腸内の細菌が異常増殖し、消化器症状が起こっている状態です。
SIBOの主な症状としては腹部の張り(腹部膨満感)、腹痛、ガスやゲップの多発、下痢や便秘などが挙げられます。
小腸は蠕動(ぜんどう)運動と呼ばれる動きで食べたものを大腸へ移動させながら吸収を行っています。この蠕動運動がうまく行かず、内容物が小腸内で停滞してしまうと細菌の異常繁殖が起こりやすくなります。
異常に増えてしまった細菌は食べ物を分解・発酵させて、小腸内で多量のガスを発生させます。このガスがSIBOの不快症状を引き起こす「主犯」となります。
小腸の動きを悪化させる原因としては、小腸における病気(クローン病や腸閉塞など)、小腸への細菌侵入を防止している胃酸の減少、大腸と小腸を隔てている回盲弁の不調、糖尿病による神経障害などが挙げられます。
他にも薬の副作用による胃腸機能の低下、腸・胃・胆のうに関連する手術、脂肪分の多い食生活などもSIBOの原因となります。
SIBOにおける主症状は、発生したガスによる腹部の張り(腹部膨満感)、腹痛、腹鳴、悪臭をともなうガスやゲップの多発、脂肪分を多く含んだ臭いの強い便、下痢や便秘などが挙げられます。
増殖した細菌は硫化水素という卵が腐ったような特異な臭いを持つ気体を生み出します。これが大量発生することでガスやゲップにも移行し、強い不快臭の原因になります。
腹部の張りによる苦しさから呼吸が乱れ、空気を多く頻繁に吸い込んでしまう呑気症(どんきしょう)を併発してしまうケースもしばしばです。そうなると腹部膨満感がより悪化してしまう負のスパイラルに陥ってしまいます。
SIBOが慢性化すると小腸から吸収されるはずの栄養素やビタミンを細菌が奪ってしまうため、体重の減少やビタミンB12欠乏症(貧血や神経障害など)も問題となります。細菌が放出する毒素によって腸に炎症も起こりやすくなります。
他にも下痢や腹痛が頻発することで外出が困難になったり、ゲップやガスが気になり会食などを敬遠するようになってしまうことも問題です。このような社交性や積極性の低下もSIBOの二次的な症状といえます。
SIBOと過敏性腸症候群(IBS)は共通点の多い病気です。両者とも腹痛、腹部の張り、下痢や便通といった消化器症状をともないます。
一方で過敏性腸症候群は精神的なストレスによって腸の動きがうまく行かなくなる病気であり、細菌の異常増殖が原因であるSIBOとは異なった病気です。
しかしながら、慢性的に過敏性腸症候群を患っている方の腸の動きは悪くなりやすく、結果的に食べ物が長時間停滞して細菌の異常増殖が起こりやすい環境が生まれてしまいます。
つまり、過敏性腸症候群がSIBO発症のきっかけとなり、両者が混ざり合って複雑な消化器トラブルに発展してしまうこともあります。当薬局にいらっしゃったSIBOの方で、ガスやゲップを気にするストレスから過敏性腸症候群特有の腹痛を起こしてしまうケースもありました。
このようにSIBOと過敏性腸症候群は異なった病気ではありますが、現実的には両者が混ざり合いながら併存しているケースも少なくないでしょう。
SIBOの西洋医学的治療の中心となるのは抗菌薬による除菌です。まず、呼気試験によって細菌が放出する水素ガスやメタンガスを検出することでSIBOの有無を確定します。
細菌の増殖が確認できればそれらを除去する抗菌薬が使用されます。細菌以外にカンジダに代表される真菌(カビ)の増殖も認められるようなら抗真菌薬の併用も行われます。
くわえて下記で解説する低FODMAP食(ていフォドマップしょく)を治療と組み合わせることで細菌の増殖を抑えることも大切になります。
細菌の増殖を抑える食材として低FODMAP食が知られています。低FODMAP食とは発酵食品、オリゴ糖、二糖類、単糖類、ポリオール類などをあまり「含まない」食品群を指します。
「FODMAP」という名称は、これら食品群の英語名の頭文字などを取ったもので「フォドマップ」と呼ばれます。
発酵食品やオリゴ糖などを多く含んでいる高FODMAP食は小腸で吸収されにくく、細菌の栄養素となり増殖を後押ししてしまいます。こういった特性からSIBOの方は出来る限り低FODMAP食を中心に置くことが推奨されています。
代表的な低FODMAP食は下記のとおりです。
穀物では白米、玄米、十割そば
野菜ではジャガイモ、トマト、ナス、カボチャ、ピーマン、大根、人参、白菜、ホウレンソウ、もやし
果物ではバナナ、ブドウ、オレンジ、キウイフルーツ、イチゴ
タンパク質としては牛肉、豚肉、鶏肉、魚介類、豆腐
その他にはバター、オリーブオイル、マヨネーズ、味噌
反対に代表的な高FODMAP食には小麦製品、豆類、ヨーグルト、納豆、キムチ、牛乳などが挙げられます。SIBOの方はこれらを出来るだけ避けると良いでしょう。
ヨーグルトや納豆のように、発酵食品は「お腹に良い食材」として認知されています。実際にそのような効果も期待できますが、ガスを発生しやすい食材でもあるのでSIBOの方はより注意が必要です。
漢方医学的にSIBOを考えると、もっとも近い病態は食滞(しょくたい)と気滞(きたい)です。食滞とはその文字の通り、胃腸に飲食物が停滞して消化吸収がうまく行かなかった状態を指します。
食滞は主に暴飲暴食などで起こり、消化不全による腹部の張り痛み、卵の腐ったような悪臭をともなう下痢やゲップ、胃酸のこみ上げ、吐き気や嘔吐などを特徴とします。
特にアルコール、香辛料の効いた辛いもの、脂肪分の高いものの摂り過ぎは身体の中に熱を生み、より症状を悪化させます。具体的には炎症の発生により、腹痛や胃痛の悪化なども起こりやすくなります。
食滞が慢性化して飲食物が消化管に停滞すると気の巡りも悪くなり、二次的に気滞が起こりやすくなります。気滞に陥ると憂うつ感や不安感といった精神症状、喉や胸の圧迫感、腹部の張り感、食欲の低下、下痢や便秘などが引き起こされます。
SIBOは上記で挙げたものの他に、多くの要素(先天的な消化器の弱さや過度な精神的ストレスなど)が絡んで発症することが大半です。したがって、食滞や気滞以外の可能性も考えながら漢方薬を調合することが大切となります。
SIBOの原因が食滞や気滞であった場合、消化を手助けする生薬や気の巡りを改善して消化器のはたらきをスムーズにする漢方薬が治療の中心となります。
消化や胃腸の動きを向上させる生薬としては山査子、神麹、茯苓、大棗などが代表的です。もともと虚弱体質で疲労感、気力の低下、食欲不振、下痢といった気の不足である気虚(ききょ)が顕著なら、気を補う人参、白朮、甘草といった補気薬も使用されます。
さらに気滞はSIBOを患っている方の多くに見られます。気滞は食滞の他に精神的なストレスによっても引き起こされます。気滞に陥ると、腹部にくわえて喉や胸の圧迫感、張りによる痛み、便の出しにくさ、ゲップ、吐き気、息苦しさなどが現れやすくなります。このような症状が顕著なら、気滞への十分な対応が必要です。
気を巡らす生薬としては柴胡、厚朴、半夏、薄荷、枳実、香附子などが挙げられます。これら理気薬は身体症状だけではなく憂うつ感やイライラ感といった精神的なトラブルを改善する作用もあります。
SIBOが慢性化すると常に不快な腹部膨満感などに悩まされてしまいます。その不快症状がストレス源となり、さらに気滞の症状が悪化してしまうことも少なくありません。この悪いサイクルを断ち切るために、気滞への対応は不可欠です。
SIBOの治療は主に上記のような食滞、気滞、そして気虚の改善が中心となります。一方でこれら以外にもSIBOを引き起こしたり、悪化させる要因もありますので個人に合わせた治療方針が必要となります。
患者は30代の女性・公務員。就職をしてから徐々に腹部の張り感と痛み、腹鳴、軟便や便秘、そしてガスの増加が気になるようなった。両親ともに大腸ポリープの病歴があったので心配になり、消化器内科を受診。
検査の結果、大腸だけではなく胃にも異常は発見されず、SIBOと過敏性腸症候群を併発しているという診断でした。受診したクリニックからは整腸薬が処方されました。整腸薬を服用すると少し便通は安定するものの、腹部膨満感などの主症状は改善されませんでした。
当薬局へはもともとお母様が漢方薬をご購入されていた縁でご来局されました。くわしくお話を伺うと、職場は法務局の出張所で非常に静かなうえに狭いという。BGMもかかっていないので、「ゴロゴロとお腹が鳴っているのが近くの人に聞こえていないか、とても気になってしまう…」とのこと。
症状は仕事のある平日の方が休日よりも多いということで、精神面の影響もあると考えられました。この方には気の巡りを改善してストレスを緩和する柴胡や枳実、消化を助ける山査子などから構成される漢方薬を服用していただきました。
日常生活の注意点として、食事の際には低FODMAPの食品を出来るだけ選ぶようお願いしました。そのことをお伝えするとすでに独学で実践したが、どれが低FODMAP食なのか覚えられず、さらなるストレスになってしまったとのこと。
たしかにどれが低FODMAP食で、何が高FODMAP食なのか覚えるのは大変なので、まずは小麦製品と発酵食品を摂り過ぎないようお願いしました。
漢方薬を服用して2ヵ月ほどでやや腹部の張り感は和らぎ、腹痛を起こすことは無くなりました。便通もおおよそ1~2日に1回の普通便となり、便の臭いもやや減ってきたとのこと。
食生活についてもパスタ、うどん、パンが多かったが、米食中心に変えていただいたのも効果を後押ししたと考えられました。漢方薬については一歩一歩の改善がみられていたので同じ内容で調合を続けました。
服用から1年が経った頃にはほぼ不快症状は無くなり、強いストレス時に腹部の違和感が少し出る程度にまで回復されました。この方は繁忙期は体力を増す漢方を調合するなど調節を行いつつ、継続して服用していただいています。
「腹部の張り感」や「ガスの増加」は漢方相談を受けていると意外なほど多く遭遇する消化器トラブルです。最も困っている症状では無いけれど、ちょっと気になる…というケースも少なくありません。
この背景には食生活の乱れやストレスによる消化器機能の低下が考えられます。気付かないだけで、潜在的にSIBOを患っている方はとても多いと推測されます。漢方薬は消化器の調子を整えるだけではなく、ストレスへのケアなど心身両面にはたらきかけることが出来ます。SIBOによる不快症状にお悩みの方は是非、ご相談ください。