のぼせとは気温や室温が高くないにもかかわらず顔を中心とした上半身に不快な熱感を覚える状態です。のぼせと似た言葉にホットフラッシュがあります。ホットフラッシュとはのぼせにくわえて発汗過多、顔の紅潮などを含めた状態です。しかしながら、実際にはのぼせもホットフラッシュもほぼ同じ意味でもちいられています。上半身におけるのぼせだけではなく、下半身や手足の冷えが同時にみられるケースは冷えのぼせと呼ばれます。
のぼせやホットフラッシュは更年期障害の代表的な一症状でもあります。更年期障害以外にも血行不良や自律神経の乱れものぼせを引き起こす原因となります。特に冷えのぼせは血行の悪さに加えて身体の冷やし過ぎから起こりやすいと考えられています。
のぼせは一時的に上半身の血管が広がり急激な血流増加が起こることによって現れると考えられています。更年期障害は閉経期に起こるエストロゲンの減少がきっかけとなります。このエストロゲンは適度に血管を拡張させる作用を持っています。エストロゲンが閉経期に少なくなることでこの作用がうまく機能しなくなり、のぼせが起こるとされています。
のぼせは更年期障害以外の病気でもしばしばみられます。具体的には身体が過剰に活性化してしまうバセドウ病に代表される甲状腺機能亢進症、高血圧症、狭心症、自律神経失調症などです。しかし、のぼせを起こしている原因がわからないケースもしばしばです。
冷えのぼせの場合、その根本にあるのは冷えと血行不良です。もともと冷え性(冷え症)の方が薄着や冷えた食べ物の摂り過ぎ、クーラーのかけ過ぎなどによって身体を冷やし過ぎると血管が収縮し、冷えがより悪化してしまいます。その一方で身体は生命維持のために頭や身体の中心部は温かい状態を保とうとします。結果的にのぼせと冷えの偏在が起こってしまいます。
のぼせを起こしている疾患が明確な場合はその治療が間接的にのぼせ症状の緩和に繋がります。更年期障害のケースではエストロゲンを中心としたホルモン補充療法、バセドウ病の場合は甲状腺ホルモンの生成を抑える薬がもちいられます。しかしながら、のぼせを起こしている病気が不明なケース、そもそものぼせを起こしている病気はなく体質的・生活習慣的なものだと西洋医学的な治療を行うのは難しいです。
漢方医学の視点からのぼせを考えると、主に瘀血(おけつ)と陰虚(いんきょ)がその原因として考えられます。瘀血とは身体を栄養している血の流れが悪くなった状態といえます。瘀血に陥るとのぼせの他に末端の冷え、肩こり、頭痛、女性の場合は生理痛や生理不順などが起こりやすくなります。瘀血は精神的なストレスを慢性的に受けたり、身体を冷やし過ぎたりすると生じやすいです。
のぼせの原因と考えられるもう一つの状態である陰虚とは、身体を適度にクールダウンする血や津液(しんえき)が不足した状態です。血と津液が不足すると相対的に熱性の性質を持つ気が優位となり、のぼせが起こりやすくなります。陰虚によって起こる症状としては口渇、目や肌の乾燥、ふらつき、動悸、息切れ、寝汗(発汗過多)などが挙げられます。発汗をともなうホットフラッシュは陰虚によることが多いです。陰虚になってしまう原因としては発熱をともなう病気、長期にわたる闘病、過労などが代表的です。
のぼせの原因が瘀血と考えられる場合は、血の巡りを改善する漢方薬がもちいられます。具体的には桃仁、川芎、牡丹皮、紅花、延胡索などの活血薬(かっけつやく)を含む漢方薬がのぼせ治療の中心となります。特に婦人科系のトラブルがのぼせに加えて目立つようなら瘀血の存在が強く疑われます。
この他にも気の巡りが悪い状態、つまり気滞(きたい)があるようなら柴胡、厚朴、半夏、薄荷、枳実、香附子といった理気薬(りきやく)を含む漢方薬との併用も検討されます。気滞は精神的なストレスによって起こりやすく、気の巡りが悪くなると憂うつ感、喉や胸の圧迫感、胃や腹部の張り感といった症状が現れやすくなります。
のぼせに加えて口の渇き、動悸、そして発汗過多があるようなら陰虚の可能性が高いです。陰虚は血と津液が不足した状態でしたので、それぞれを補う漢方薬がもちいられます。したがって、血を補う地黄、芍薬、当帰、酸棗仁、竜眼肉などの補血薬(ほけつやく)や麦門冬、天門冬、枸杞子といった滋陰薬(じいんやく)を豊富に含んだ漢方薬が検討されます。のぼせがとても強いなら熱を冷ます黄連、黄芩、黄柏、山梔子、石膏などの清熱薬(せいねつやく)が多く配合された漢方薬との併用が効果的です。
このように「のぼせ」といってもそれを起こしている背景は個々人によって異なります。したがって、ただ熱を冷ます漢方薬をもちいるのではなく、のぼせ以外の症状(具体的には発汗や冷えがあるかなど)や体質をしっかりと把握することが漢方治療の鍵となります。
のぼせ感が顕著な部分はできるだけ外気と接するような服装を心がけましょう。短時間ならタオルを巻いた保冷剤を当てるのも良いでしょう。しかし、長時間冷やし過ぎると血行が悪化して凝りなどが起こりやすくなりますので注意が必要です。
冷えのぼせの場合は冷えているところは温め、のぼせているところは冷やすことが基本となります。一方で冷えのぼせの方は基本的に冷え性(冷え症)が土台にあるので積極的に冷やすことは勧められません。上記の通り、あくまでものぼせる部分を外気にさらす程度が良いでしょう。温めたい部分としては腹部、首から肩にかけて、手首や足首が挙げらえます。他にも冷たい飲み物や生ものを摂り過ぎるのは控えましょう。
患者は40代後半の女性・専業主婦。子育てがひと段落した40代前半から一時的にのぼせが起こるようになりました。最初の頃はすぐに治まるのであまり気にしていませんでしたが、徐々に頻度と症状の強さが目立つようになりました。もともと冷え性(冷え症)体質で、冬場にはヒーターが欠かせませんでしたがのぼせが悪化してしまうのでとても困っているとのこと。
詳しくお話を伺うとのぼせに加えて喉の渇きと咳、ドライアイ、肌の乾燥、そして下半身の冷えが気になっているという。婦人科系のトラブルはやや生理周期が長くなってきたくらいで特に問題はないとのこと。最近、受診した病院では更年期障害の可能性は低いと言われ、治療は行われませんでした。
この方はご症状から血と津液の不足によるのぼせと考え、まずは血を補う地黄や熱を鎮める黄柏や知母などから構成される漢方薬を服用していただきました。漢方薬の服用から2ヵ月が経過すると、顔が真っ赤になるようなのぼせが起こることはほぼ無くなりました。着実に改善していると考え、その後の数ヵ月間は同じ漢方薬を継続していただきました。
季節は秋になり、空気の乾燥が始まると空咳と乾燥肌が気になるということで潤いを与える麦門冬と咳を鎮める五味子などから構成される漢方薬に変更を行いました。新しい漢方薬に変更して2ヵ月が経つと、喉のカサカサした不快感と咳も鎮まり、残っていたのぼせ感も現れなくなっていました。
雪がちらつく時期になり、ヒーターを入れても以前のような強烈なのぼせが現れることはなくなり、一方で足を中心とした冷えもあまり気にならなくなっていました。冬から春になり、陽気が強いと少しのぼせが出るということで最初に調合していた漢方薬へ再度変更。この方はその後、季節や体調に合わせて継続的に漢方薬を調合しています。
患者は30代後半の女性・会社員。社会人になってからそれまでは順調だった生理のリズムが崩れ、生理痛やのぼせが起こるようになりました。お仕事はドリンクの自動販売機の設置交渉を行うことだったので基本的には外出していることが多く、夏場はのぼせが悪化して強い吐き気を覚えるほどでした。ご自身でのぼせに効くというプラセンタやローヤルゼリーといったサプリメントを使用しても効果はなく、市販されている漢方薬でやや好転。それをきっかけに漢方に興味を持ち、当薬局へご来局。
ご症状やご体質を伺うとのぼせ、生理不順、生理痛、さらに生理前のイライラ感や不快な胸の張り感も気になるという。唇は赤黒く、気付かないうちに肌にアザができやすいという点などから、この方は瘀血によるのぼせが起きていると考えました。そこで漢方薬は桃仁や牡丹皮などから構成される、瘀血を除くものを調合しました。
漢方薬を4ヵ月ほど服用するとのぼせの強さは半分程度になり、生理期間中は毎日服用していた鎮痛薬のロキソニンもあまり服用せずに過ごせるようになっていました。同じ漢方薬でも良いと感じていましたが、この時期は仕事によるストレスが強く、イライラ感がいつもあるという訴えがあったので気の巡りを改善する柴胡、熱を鎮める山梔子などから構成される漢方薬に変更しました。
変更から2ヵ月が経つと生理前に顕著だった気分の上下や胸の張りもなくなり、日頃からもイライラで集中力が低下することもなくなったとのこと。最も困っていたのぼせが現れる頻度も夏の猛暑日など極わずかなりました。この方は服用していると生理周期も安定するということで、変更後の漢方薬を継続服用して頂いています。
のぼせが起こる状態は健康体と病気の間に位置する未病(みびょう)の状態といえます。未病の状態は西洋医学的な治療が難しい反面、漢方薬が得意とする領域でもあります。のぼせ以外にも発汗過多などがみられるホットフラッシュにも漢方薬は有効です。
病院で行われるホルモン補充療法、大豆イソフラボンやプラセンタといった様々なサプリメントを使用してもなかなか改善しないのぼせが、漢方薬の服用によって好転することもしばしばです。慢性的なのぼせにお困りの方は是非、当薬局へご来局ください。