バレリュー症候群とはむち打ち症などによる首への外傷をきっかけに発症する自律神経症状を指します。明確な原因はまだ解明されておらず、自律神経失調症の一種として扱われています。「バレリュー症候群」という病名は1920年代にフランス人の医師、バレ(Barre)とリュー(Lieou)が報告したことに由来します。
しばしば、バレールー症候群、外傷性頚部症候群(がいしょうせいけいぶしょうこうぐん)、後部頚交感神経症候群(こうぶけいこうかんしんけいしょうこうぐん)と呼ばれることもあります。なお、「頚(頸)」の字は「首」のことを指します。
バレリュー症候群発症の主な原因は交通事故やスポーツ時の接触などによる首の外傷が挙げられます。一方、バレリュー症候群の症状は外傷を負った直後ではなく、数週間後から現れやすいことが知られています。これらの事実からバレリュー症候群の症状を引き起こしている原因は、外傷をきっかけとした自律神経の乱れと考えられています。
自律神経のなかでも特に興奮性の自律神経である交感神経のはたらきが過剰になっているという説が挙げられています。しかしながら、外傷ならばレントゲンやMRIなどの検査機器で確認できますが「自律神経の乱れ」は客観的な把握が難しく、バレリュー症候群の原因は依然として解明されていません。この為、事故(外傷)とバレリュー症候群の因果関係の立証が難しく後遺障害等級認定を巡って問題となることがあります。
バレリュー症候群の症状は多岐にわたりますが、代表的なものに頭痛、頭重感、めまい、聴力の低下(難聴)、耳鳴り、眼精疲労、視力の低下、喉のつまり感、食欲低下、吐気、しびれ、疲労感、全身の重だるさ、微熱(発熱)、不眠、情緒不安定などが挙げられます。
これらの症状が示す通り、バレリュー症候群は外傷を受けた部分ではなく頭部を中心に全身にも広がる多彩な症状が現れるという特徴があります。他にもどのような症状が現れるか個人差が大きいことが知られています。
バレリュー症候群に対する西洋医学的な治療法はまだ確立されていません。一方で星状神経節に対する局所麻酔の使用で症状が緩和されるケースがあります。星状神経節とは頚胸神経節とも呼ばれ、頭部、首、胸、腕、背中など幅広い部位の交感神経を支配しています。そこへ局所麻酔を行うことで交感神経の過剰な興奮を鎮め、効果を発揮すると考えられています。
神経ブロック以外には筋弛緩薬、解熱鎮痛薬、抗不安薬などが症状によって使用されます。診療科も外傷を受けて間もない急性期では整形外科での対応となりますが、慢性的なバレリュー症候群の症状に対しては心療内科、耳鼻咽喉科、脳神経内科、眼科などでの対応となることが多いです。
バレリュー症候群を漢方医学的な視点から考えると肝陽化風(かんようかふう)と呼ばれる病態と共通点が多いです。「肝」とは西洋医学的な「肝臓」ではなく漢方独自の概念であり、身体のなかの気や血(けつ)の巡りをコントロールしたり、精神状態を安定させたりしています。
肝陽化風とは過労や精神的ストレスなどによって肝に蓄えられている血(けつ)や津液(しんえき)といった陰液が失われた時に現れる病態です。肝陽化風に陥ると頭部を中心にさまざまな症状が起こります。バレリュー症候群の場合は事故といった非日常的な出来事によるストレスが肝に大きな負担をかけたと考えられます。
肝陽化風による具体的な症状としてはめまい、頭痛、耳鳴り、手足のふるえやしびれ、筋肉のけいれん、ろれつが回らないといったものが挙げられます。より症状が重いケースでは半身不随、歩行困難、顔面神経麻痺なども起こることがあります。その他にも肝の失調によって情緒が不安定になりイライラ感や憂うつ感、不眠、さらに食欲不振、胃痛、腹痛、吐気、下痢や便秘といった消化器系の症状も現れることがあります。
バレリュー症候群のすべてが肝の失調で片付けられるものではありませんが、多くの症例において肝陽化風を中心とした肝のトラブルと考えられる症状が見受けられます。したがって、バレリュー症候群の治療は肝の問題を念頭に置きながら行われます。
バレリュー症候群の原因が肝陽化風であると考えられる場合、陰液を補う生薬で根本的な回復を目指し、そこへ実際に現れている症状を緩和する生薬も含んだ漢方薬を用います。バレリュー症候群の症状は個人差が大きいので滋陰(陰液の補充)を土台にしつつ臨機応変に対応する必要があります。
まず、血を補う補血薬(ほけつやく)には地黄、芍薬、当帰、酸棗仁、竜眼肉などが挙げられます。酸棗仁や竜眼肉は不安感や不眠が顕著な場合には特に有効です。津液を補う滋陰薬(じいんやく)には麦門冬、天門冬、枸杞子などが代表的です。
頭痛やめまいといった頭部の症状が強く起こっているなら熄風薬(そくふうやく)である釣藤鈎、天麻、菊花が使用されます。憂うつ感、思い悩みによる食欲の低下、喉のつまり感や腹部の張り感などが目立つなら気の巡りをスムーズにする理気薬(りきやく)である柴胡、厚朴、半夏、薄荷、枳実、香附子が検討されます。
上記のようにバレリュー症候群の治療に用いられる漢方薬は現れている症状やもともとの体質などによって大きく異なることになります。他にも物理的な衝撃を受けた部分に痛みが慢性的に残っているケースでは血の巡りを改善する漢方薬も必要になってきます。
患者は40代前半の男性・会社員(不動産仲介業)。東京全域と埼玉県南部を担当し、車で物件を紹介する業務についていました。約半年前、雨の日に車で移動している時に追突事故を起こされむち打ち症になってしまいました。3週間ほどは首を曲げて上を見ることができませんでしたが、徐々に可動域も広がり痛みも鎮まってゆきました。
一方で事故から1ヵ月半ほどが経った頃、立ちくらみや首を動かすと乗り物酔いした時のようなめまい、吐気、頭痛、イライラ感や不安感に襲われることが多くなりました。「ちょうど真夏の時期だったので夏バテかと思っていた」とのことですが、秋になっても症状は消えなかったので事故直後に受診していた病院を再受診。
病院の検査では目立った外傷は発見されず、現れている症状から消去法的にバレリュー症候群と診断されました。紹介されたペインクリニックでブロック注射を行うと頭痛は大きく軽減されましたが、それ以外の症状には変化がありませんでした。継続的にブロック注射を行うことに抵抗があり、当薬局へご来局。
ご症状をくわしく伺うとめまいと吐気、吐気による食欲の低下と倦怠感、そしてイライラ感が高まると頭痛が現れる傾向がありました。くわえて「症状は仕事で疲れがたまった夕方以降や精神的に余裕がなくなった時に出やすい」という。この方には血を補う当帰、血を巡らす川芎、気を補い消化器の状態を整える白朮や甘草、気を巡らす柴胡、そしてめまいや頭痛を鎮める釣藤鈎などから構成される漢方薬を服用して頂きました。
漢方薬を服用して2ヵ月半ほどが経過するとフワフワ、フラフラするようなめまいは減り、頭痛に対して鎮痛薬を使用することもほとんどなくなりました。一方でこれまでは見られなかったほてり感が出現。吐気をともなう消化器の不調は大きな変化はなし。
そこで熱を鎮める石膏、吐気を鎮める半夏、消化器の力を底上げする人参などから構成される漢方薬へ変更。仕事の都合で一時中断を挟みつつ、3~4ヵ月が経った頃には不快な熱感や消化器系のトラブルも気にならないレベルにまで改善しました。身体症状が落ち着くのと歩調を合わせて徐々に精神面も安定してきました。
その後は新年度前の繁忙期などになると体力的にも精神的にも余裕がなくなり、焦燥感と一緒に少々の頭痛が起こることがありました。その際は最初に調合した漢方薬を服用して頂くと気持ちが楽になるということで、体調に合わせて使用して頂いています。バレリュー症候群と考えられる不定愁訴は無くなり、漢方薬のみでうまく体調管理ができるようになりました。
バレリュー症候群は依然として西洋医学的な原因が解明されていない病気であり、治療法も確立されていません。そのため、さまざまな医療機関や診療科を巡りながら、慢性的かつ多彩な症状に悩まされている方は少なくありません。
漢方薬の治療は病名や西洋医学的な原因に縛られず、患っている方のご症状と体質からアプローチすることが可能です。漢方薬を服用し始めてからご体調が好転する方がとても多くいらっしゃることから、バレリュー症候群と漢方薬は「相性」が良いと実感しています。是非一度、バレリュー症候群にお悩みの方は当薬局にご来局くださいませ。