吃音症(きつおんしょう)とは言葉の発音が円滑に行えない病気のひとつです。発声の問題にくわえて特徴的な身体の動きが伴う場合もあります。主な発声に関連する症状の現れ方としては最初の音を数回繰り返す、最初の音がすぐに発声できない、最初の言葉を伸ばしてしまうといったものが挙げられます。
ひとりで発声する時には症状が出ないケース、普段はスラスラ話せるのに突然症状が現れるケースなど個人差の大きい病気でもあります。吃音症はしばしば幼児期から学童期に現れやすく、男児の方が女児よりも発症頻度が高いことが知られています。多くの場合において自然に症状は消失してゆくことが多いのですが、まれに青年期以降も継続することもあります。
あまり一般的ではありませんが吃音症は流暢性障害(りゅうちょうせいしょうがい)とも呼称されます。広く知られている「どもり症」という病名は今日において差別的意味合いを含むとされるので、その使用は控えられる傾向があります。しかしながら、まだ「吃音症」という病名自体がしっかりと認知されているとは言い難いことを考慮し、本ページではどもり症という病名も併記してゆきます。
吃音症の明確な原因はまだわかっていません。吃音症は遺伝性が高いことが知られているので、それを手掛かりにいくつかの仮説が立てられている段階です。したがって、しばしば耳にする「母親の育て方が悪かった」「利き腕を無理やり矯正した副作用」などという言説に根拠は認められていません。
吃音症の原因は不明な一方で、精神的なストレス(過度な緊張など)によって吃音症の症状が悪化することが知られています。したがって、症状に対して叱ったりすることは逆効果になってしまうので控えるべきです。
吃音症は発話の始めの言葉に特徴的な症状が現れる病気です。具体的には「き、き、きょ、きょ、きょ、今日の天気は…」「…………今日の天気は…」「きーーーようの天気は…」というものが挙げられます。発声の問題にくわえてまばたきや顔をしかめるような身体の動きをともなうケースもあります。
吃音症はその独特の症状から「話し方の問題」のみに焦点が当たりがちですが、そこを発端とする二次的な問題も存在します。吃音症の話し方以外の問題としては、発声することに臆病になってしまい社会的な生活(学校や職場などでの活動)に後ろ向きになってしまう点が挙げられます。
特に学童期のお子様などは学校で症状をからかわれたりすると、積極的に会話の輪に入りづらくなってしまうということもあるでしょう。会話は人間関係を築く上で不可欠なコミュニケーションツールです。吃音症による発声のつまずきによって消極的になってしまったり、自己肯定感が低下してしまうことは隠れた「症状」といえるでしょう。
吃音症に対してはまだ西洋医学的な治療法は確立されていません。一般的には病院(主にリハビリテーション科や耳鼻咽喉科)に所属する言語聴覚士とのカウンセリングや訓練が中心となります。小児の場合には公立学校などに設置されている難聴・言語障害通級指導学級(ことばときこえの教室)において言語聴覚士の訓練を受けることも可能です。
漢方医学的にみて吃音症という病気は主に気の流れが滞ってしまった結果と考えられます。この気がうまく流れない病能を気滞(きたい)と呼びます。気の流れが悪くなると過度な緊張感や不安感が高まり、身体においては喉や胸の圧迫感、腹部の張り感、吐気、胃痛や腹痛、便通の異常などさまざまな症状が現れます。
精神的なストレスなどが加わり気滞の状態が長く続くと五臓六腑における肝の機能が低下し、肝がコントロールしている筋肉のはたらき(動き)がうまくゆかなくなってしまいます。結果として発声困難、無意識の身体の動きや硬直などが現れてきます。
気滞は気の不足や血の流れにも影響を及ぼします。したがって、吃音症が現れている場合、他にもどのような症状が併せて起こっているのかを捉える必要があります。
吃音症の原因が気の流れの停滞であった場合、その気を円滑に流すことが治療につながります。したがって、用いられる漢方薬は柴胡、枳実、陳皮、半夏、厚朴、香附子などの気を巡らす生薬(理気薬)を多く含んだものになります。
気が流れなくなると徐々に気の不足(気虚)も現れてきます。気虚に陥ると疲労感、重だるさ、気力の低下、食欲不振、冷えなどが起こりやすくなります。これらの症状が吃音症と併せて見られるようならば気を補う生薬(補気薬)の人参、黄耆、大棗、白朮、甘草なども必要となってきます。
上記のように気滞を発端として血の滞り(瘀血)や水の滞り(痰湿)が見られる場合はそれぞれのケアも欠かせません。したがって、吃音症という病名ではなく患っている方の症状や体質を見極めて治療に適している漢方薬が選択されます。
吃音症は緊張感が高まると症状が悪化しやすいことが知られています。したがって、症状が出ているのがお子様の場合、ご両親が強く注意したりすることは逆効果となってしまいます。あえて症状には触れず、リラックスできる環境づくりが大切です。
他にも吃音症という病気は「言葉の流暢さ」という本人以外も認識しやすい症状の為、その発音状態にばかり意識が向きがちです。しかしながら、言葉の本質はその中身です。お子様に症状がある場合、ご両親は話し方ではなくその言葉の内容にしっかり反応していただくことが大切です。
吃音症があってもしっかりとコミュニケーションが取れるという感覚は自己肯定感の向上と緊張感の緩和につながります。
患者は小学5年生の男児。吃音症の傾向は低学年の頃からありましたが、それほど頻繁ではなくご両親も特に気にされていませんでした。しかしながら、中学校受験に向けて塾に通いだした頃からご症状が目立ち始めたとのこと。
小児科を受診してカウンセリングや訓練を受けてやや緩和したとのことですが、他の選択肢もないかと考えて当薬局へご来局。くわしくお話を伺うと吃音症にくわえて軽度のチック症もあることがわかりました。他にはテストの前などに緊張すると、腹痛と便意でトイレが近くなってしまうとのこと。
一方でこちらからご本人に質問をすると吃音症のご症状はあるものの、はっきりとした元気のある声でハキハキと答えられていました。お母様曰「基本的に健康体で普段から元気だけれど、ちょっとあがりやすい性格」だという。
お子様には緊張感を緩和する柴胡、筋肉をリラックスさせる芍薬など中心とする漢方薬を服用して頂きました。味の面も含めて服用できるか少々心配でしたが、特に問題なく4ヵ月ほど服用されるとチック症によるまばたきやテスト前の腹痛は現れなくなっていました。一方で吃音症には大きな変化はまだなし。内容の変更も考えましたが、ご本人が服用していると調子が良いということでそのまま継続へ。
同じ漢方薬を服用しつつ6年生に進級されると徐々に吃音症のご症状も減り、塾でも積極的に発言できるようになりました。お母様にはできるだけ無理はさせず、心身に余裕を持たせるために睡眠時間を削ることはしないようにお願いしました。
その後、無事に中学校受験は成功し、吃音症を中心としたご症状も緩和した状態で安定してきました。漢方薬は環境の変化が大きい中学校入学直後の4月~5月が過ぎた段階で徐々に減らすことを提案。漢方薬での治療は数ヶ月後の初夏に「卒業」されました。
吃音症は発声の流暢さという問題にくわえて、発声がうまくゆかないことをきっかけとした精神的ストレスの蓄積も大きな問題となります。そのためか吃音症の症状以外にも緊張のしやすさ、不安感やイライラ感などの症状が伴うことも少なくありません。
その一方で西洋医学的な治療法のみで吃音症が改善されないケースもしばしばです。漢方薬はただ吃音症の発声を円滑にするだけではなく、心身の乱れたバランスの改善を目指すことで良い結果が出ております。吃音症でお悩みの方は是非一度、当薬局へご来局ください。