唾液過多症とは、唾液が過剰に分泌されたり、うまく唾液を飲み込めずに口の中に溜まってしまう症状を指します。
唾液過多症は「唾液分泌過多症」や「唾液分泌過剰症」と呼ばれることもあります。唾液が口の中から外に漏れ出してしまう状態は「流涎(りゅうぜん)」と呼称されます。
唾液過多症は、その不快感から吐き気や嘔吐、食欲の低下を引き起こすことがあります。さらに唾液を飲み込む際に空気も一緒に飲み込んでしまうため、「呑気(どんき)症」の一因にもなります。
唾液過多症は、唾液量が実際に増えてしまう「真性唾液過多症」、唾液の量は正常である一方でうまく嚥下(えんげ)ができず口腔内に溜まってしまう「仮性唾液過多症」に分けられます。
ほかにも、精神的なストレスによって唾液が過剰分泌されたり、唾液量は正常でも唾液が多いと不快に感じてしまう「心因性唾液過多症」も存在します。場合によっては、心因性唾液過多症を真性唾液過多症の一種として分類することもあります。
一二三堂薬局にご相談に来られる方の割合としては、真性唾液過多症と心因性唾液過多症が多い印象です。実際に、漢方薬が得意とするのも真性唾液過多症と心因性唾液過多症のケースです。
真性唾液過多症の主な原因には、自律神経の乱れが挙げられます。唾液の分泌量は自律神経によって無意識下で適量にコントロールされていますが、この働きが乱れてしまうと唾液の過剰分泌につながることがあります。
自律神経を乱す主な原因としては、過労、睡眠不足、気候の変化、更年期障害に代表されるホルモン分泌の異常、精神的ストレスなど非常に多岐にわたります。この中で、精神的ストレスの影響が強いものが心因性唾液過多症といえます。
自律神経の問題以外にも、妊娠時のつわり、口内炎、胃腸炎、入れ歯の装着による刺激、薬の副作用なども原因となることがあります。
仮性唾液過多症は、何らかの病気が背景にあるケースが多いです。パーキンソン病、脳梗塞や脳出血の後遺症といった筋肉をうまく動かすことが難しくなる病気の結果として嚥下困難が起こる場合です。ほかにも、老化による嚥下能力の低下も原因となりやすいです。
唾液過多症に陥ると、口の中の不快感から吐き気や嘔吐が起こりやすくなります。ほかにも、唾液を頻繁に飲み込むことで食欲不振が起こったり、空気も一緒に飲み込むことで胃腸の張り、ゲップ、ガス、喉のつまり感、息苦しさ、胃酸の逆流といった呑気症のきっかけにもなります。
実際に、一二三堂薬局を訪れる方の中で唾液過多症と呑気症をセットで患っているケースは非常に多いです。
消化器トラブルからは外れますが、一二三堂薬局に唾液過多症で相談にいらっしゃる方の多くは、頻繁に飲み込む動作をするために顎(あご)や喉の疲れ、首や肩のこり、頭痛を訴えられます。
精神的なストレスによって唾液過多症(心因性唾液過多症)は引き起こされますが、唾液過多症自体がさらに精神的症状を悪化させることもあります。
具体的には、口の中の不快感による集中力や注意力の低下、寝つきの悪さ、唾液が多く出てしまうことへの不安や心配の増加などが挙げられます。慢性的な不安感や緊張感の高まりは、さらなる心因性唾液過多症の悪化につながることもあります。
唾液過多症になると、唾によって発声が妨げられたり、頻繁にトイレで唾を吐き出すなど行動に制限が生じることがあります。結果的に会話が消極的になったり、外出への意欲が低下してしまうケースもあります。
また、唾液を飲み込む音を他人に聞かれていないか、その音で迷惑をかけていないかと不安が増し、精神的に消耗してしまう一因にもなります。結果的に、より唾液過多に意識が向いてしまう悪循環に陥りやすいです。
唾液の増加が認められる心因性唾液過多症には、抗コリン薬や抗ヒスタミン薬といった唾液分泌を抑制する薬が用いられます。
抗コリン薬は主に胃腸の痛み、生理痛、下痢などに使用される薬で、口の渇きが厄介な副作用として知られています。一方、唾液過多症の場合はその副作用が主作用として有効に働きます。抗ヒスタミン薬も主にはアレルギーを抑制する効果があり、口渇(こうかつ)が副作用として問題になりますが、唾液過多症の治療に使用されることがあります。
仮性唾液過多症の場合は、その原因となっている病気の治療を基礎としつつ、上記の薬を併用することが検討されます。心因性唾液過多症の場合は、抗不安薬や抗うつ薬といった薬物療法に加えて、カウンセリングによる心理療法が併用されるケースもあります。
漢方医学の視点から唾液過多症を考えると、脾胃(ひい)の虚弱と気の流れの停滞、または気の不足が深く関わっています。脾胃とは、胃腸を中心とした消化器とその働きを指します。気は生命エネルギーであり、この流れが滞ったり不足すると、消化器や精神面などにトラブルが起こりやすくなります。
当薬局にいらっしゃる唾液過多症の方の多くは、先天的に消化器の弱さが見られます。そこに何らかの原因(多くの場合は精神的ストレス、過労、生活リズムの乱れなど)で気の停滞や不足が起こると、より一層消化器の働きが悪くなり、唾液過多症を発症するケースが多く見られます。
先天的な要因のほか、冷えた食べ物(お刺身やサラダなどの生もの)や冷たい飲み物を摂り過ぎると、消化器の働きを徐々に弱めてしまい、唾液過多症に陥りやすくなります。
唾液過多症の方は、脾胃の弱さ、つまり消化器機能の弱さが根底にあるケースが多いため、消化器機能の向上が治療の軸になります。消化器機能を向上させる生薬の多くは、生命エネルギーである「気」を増す作用も持っているため、一二三堂薬局ではしばしば治療に使用されます。
代表的な生薬としては、人参、白朮、大棗、甘草などが挙げられます。食が細く、日頃から体力がなく、日中の眠気や気力低下、冷え性(冷え症)などが目立つ場合には、これらの生薬が最適です。
さらに、唾液過多症の方は多かれ少なかれ精神的ストレスを抱えているため、気の巡りを改善する柴胡、厚朴、枳実、陳皮なども使用されます。気の巡りが悪くなると、唾液過多のほかに喉のつまり感、胃腸の圧迫感、ゲップやガスの増加、憂うつ感などが出やすく、これらの症状が顕著な方には特に適しています。
上記以外では、冷えが顕著な方には乾姜や桂皮といった身体を温める生薬、むくみや軟便傾向があるような水分代謝の悪い方には、茯苓や沢瀉といった水の巡りを改善する生薬を含む漢方薬が使用されます。
患者は30代の女性、デスクワークを主とした公務員。職場は税務関係の事務を扱っており、細かい作業に加えてミスが許されない独特の緊張感がありました。異動前の職場は対人業務や外出も多かったため、そのギャップもストレスとなっていました。
確定申告前後の繁忙期にプライベートのトラブルも重なり、より過緊張状態へ。次第に強い喉のつかえ、吐き気や胃痛、さらに口の中に過剰に唾(つば)が溜まるようになり、唾を飲み込むのも辛くなって頻繁にトイレで吐き出すようになりました。
消化器内科を受診して唾液の分泌を抑える薬を服用すると、今度は口の中が乾燥してパサつき、口臭や胃もたれが気になるようになってしまいました。病院の薬以外での解決法を探した末に当薬局へ来局されました。
この方は唾液過多、喉のつかえ、吐き気、胃痛のほかに、首・肩こり、不安感やイライラ感、眠りの浅さなどの症状もありました。外観は細身で顔色はやや青白く、疲労感を隠し切れない印象を受けました。
詳しくお話を伺うと、職場は非常に静かでキーボード操作やマウスのクリック音のみが響く環境であり、口の中の唾液が絡む音が周囲に聞こえていないかも不安とのことでした。
この方には、気を補う人参や白朮、気を巡らす厚朴、蘇葉、吐き気を抑える半夏などから構成される漢方薬を調合しました。日常生活では、唾液分泌を促してしまう酸味や辛味の強いものを取り過ぎないようお願いしました。
人生で初めての漢方薬ということで最初は服用に苦労されていましたが、数ヵ月で味にも慣れ、服用前に比べて喉のつかえと吐き気は大きく減少。職場でも気分的にリラックスできることが増えてきました。
唾液過多についても良い日が増えてきたとのことで、当面の継続をお願いしました。その後、定期的なウォーキングを始めてから食欲も改善し、それに比例して食事以外の唾液分泌が減るなど、オン・オフの切り替えができるようになってきました。
半年ほど経過した頃には、唾液過多に加えて消化器とメンタルの両面でも安定感を取り戻しました。唾液過多が気にならなくなった後も、服用するとリラックスできて首・肩こりが和らぐとのことで、量を調整しつつ継続されています。
患者は小学5年生の女児。4年生の頃、給食を食べ過ぎたことがきっかけで嘔吐してしまった。以降、給食時だけでなく登校前にも強い吐き気と唾液過多が起こるようになりました。
来局時にお父様を通じてお話を伺うと、運動が得意で体力面には自信がある一方、性格的には繊細でストレスを受けやすい傾向があるとのこと。過去にも音楽発表会などのイベント前に吐き気や、過敏性腸症候群と考えられる腹痛が出たことがありました。冷たい水分を一気に多く摂る癖もありました。
この子には十分な体力がある印象を受けたため、気分をリラックスさせる生薬を重点的に含んだ漢方薬を調合しました。併せて、水分の摂り過ぎが消化器に負担をかけることを説明し、無理に多く摂る必要はないとお伝えしました。
調合した漢方薬には大棗や甘草といった甘みのある生薬が含まれていたため、問題なく服用できました。唾液過多も4か月ほどで大きく改善し、吐き気も目立たなくなりました。
その後、緊張すると腹痛が出やすい傾向が続いていたため、段階的に精神面と身体面をバランスよくリラックスさせる漢方へ変更。腹痛も徐々に改善し、唾液過多の再発もなく過ごされています。
唾液は安静時において1分間で約0.5mLほど分泌されているといわれています。これは自律神経によって、食事の際には多く分泌するよう上手にコントロールされています。しかしながら、ストレスや疲労が取れにくい現代においては、自律神経の乱れから唾液過多症を患う方が予想以上に多い印象があります。
唾液過多症を主訴とせずとも、過剰に空気を飲み込んでしまう呑気症や、ストレスによる腹痛・下痢などを伴う過敏性腸症候群とセットでお困りの方も少なくありません。
漢方薬は、消化器だけでなく精神面のケアも同時に可能であり、上記のような複雑なケースにも柔軟に対応できます。唾液過多症でお悩みの方は、ぜひ東京・池袋の一二三堂薬局にご相談ください(ご予約はこちらから)。