本態性振戦とは明確な原因がないのに身体がふるえてしまう状態を指します。読み方は「ほんたいせいしんせん」であり、本態性とは「原因が分かっていない」、振戦は「ふるえ」という意味です。
身体にふるえが起こる病気としてはバセドウ病(甲状腺機能亢進症)、パーキンソン病、脳梗塞などが挙げられます。本態性振戦ではこのような明確な病気(原因)がないにも関わらず、手や頭にふるえが起こってしまいます。
本態性振戦は40代以降の中高年者に起こりやすく、年齢が上がるのと比例して有病率も上昇する傾向にあります。症状の強さも年齢とともに進行しやすいです。一方で若い方でも緊張しやすい体質などが影響し、年齢に関係なく本態性振戦が発症してしまうこともあります。
本態性振戦の症状はその名前の通り身体の「ふるえ」です。ふるえてしまう部分は指先や腕だけではなく、頭部や声のふるえとして現れるケースもあります。
パーキンソン病や脳梗塞などで起こりやすい足のふるえによる歩行困難は、本態性振戦においては見られにくいです。パーキンソン病のような顕著な症状の進行・悪化も起こりにくいです。
症状の強さや頻度には個人差もあり「書類などへの筆記がしにくい」「コップの水がこぼれてしまう」「食事の時に箸やスプーンが扱いにくい」「人前で話すときふるえてうまく声が出ない」など様々です。
上記のような日常生活の不便さ(生活の質の低下)にくわえて、仕事に悪影響が出てしまうケースもあります。具体的には精密な手作業を求められる画家やイラストレーター、注射や手術を行う医療従事者、工芸品の製作を行う職人の方などにとっては死活問題となってしまいます。仕事に支障が出てしまうストレスによってさらにイライラ感や緊張が高まり、ふるえを悪化させてしまうケースも少なくありません。
本態性振戦がなぜ一部の方に起こるのかはまだ解明されていません。その一方で自律神経のひとつである交感神経との関係が指摘されています。交感神経は活発にはたらくと心拍数や血圧の上昇、血糖値の上昇、さらに筋肉や血管の収縮などが引き起こされます。本態性振戦においては、交感神経が何らかの理由で過剰に興奮した結果、手や頭などのふるえに繋がると考えられています。
交感神経を含めた自律神経は意識してコントロールすることができないという特徴があります。したがって、本態性振戦のふるえも意図的に鎮めることは困難です。
本態性振戦を根本的に治療する西洋医学的治療法はまだ確立されていません。一方でアロチノロールに代表されるβ(ベータ)遮断薬と呼ばれる、交感神経の興奮を鎮める薬でふるえが改善する場合があります。
他には脳に対する外科的手術や超音波を使用して脳の一部を熱凝固させる治療法もあります。これらは主に服薬で効果が得られない重症の方が適用となります。
本態性振戦の症状は筋肉の動きがうまく制御できないことが根本にあります。漢方医学において筋肉の動きは肝(かん)がコントロールしていると考えます。
肝は筋肉の動きだけではなく、眼のはたらきを維持したり、気持や感情を落ち着けるはたらきを担っています。肝のはたらきが何らかの原因で失調した場合は筋肉の動き、眼のはたらき、精神の安定化に問題が生じてしまいます。
筋肉のはたらきの失調は本態性振戦に代表される、意識に反した身体のふるえなどに繋がります。そして、気持ちの乱れはイライラ感、理由のない怒り、情緒不安定、ヒステリーなどを誘発します。したがって、漢方医学的には肝に注目して本態性振戦の治療を行うことになります。
本態性振戦の症状に肝の失調が関与していることは上記で説明したとおりでしたが、根本的になぜ肝が失調してしまったのかを考える必要があります。肝は多くの場合、精神的なストレスによってはたらきが低下してしまいます。したがって、精神的ストレスが多い場合はそれに対するケアも必要になります。
上記で述べてきた理論のとおり、漢方薬を用いた本態性振戦の治療は肝をいたわることが中心となります。肝の力が衰えるということは肝にためられていた血(けつ)が消耗するということであり、それを補うような治療が中心に据えられます(これを「肝血を補う」「柔肝(じゅうかん)する」と言います)。
血を補う生薬である補血薬(ほけつやく)としては地黄、当帰、芍薬、阿膠、酸棗仁、竜眼肉などが挙げられます。特に芍薬は筋肉をリラックスさせるはたらきも持っているので本態性振戦治療の漢方薬にはしばしば含まれます。
さらに精神的ストレスを緩和することで肝血の消耗を抑える理気薬(りきやく)、具体的には柴胡、枳実、陳皮、半夏、厚朴、香附子なども用いられます。他にも筋肉の緊張やふるえを鎮める釣藤鈎、気持ちを鎮める竜骨、牡蠣などの生薬も併用されることが多いです。
これら以外にも主訴や体質が微妙に異なる場合はそれに合わせて臨機応変に漢方薬を対応させる必要があります。したがって、実際に調合する漢方薬の内容もさまざまに変化してゆきますので、一般の方が自分に合った漢方薬を独力で選ぶのは非常に困難といえるでしょう。
コーヒーなどに含まれるカフェインは交感神経を興奮させるはたらきがあり、ふるえの症状を悪化させてしまいます。カフェインも適量なら眠気を取り除いたり集中力を高める効果がありますが、摂り過ぎは禁物です。
適量はコーヒーなら1日2~3杯、緑茶ならもう少し多めでも大丈夫ですが、ふるえの出やすい体質の方はノンカフェイン飲料を摂るのが無難です。具体的なノンカフェイン飲料としては麦茶やハーブティなどが挙げられます。
身体の冷えは筋肉の硬直に繋がるので、首肩凝りやふるえの悪化要因となります。冬はマフラーなどで防寒を意識しましょう。夏でも薄着でクーラーに長時間当たっているのは好ましくありませんので注意が必要です。
アルコールには気分が高揚する他にリラックス作用もあります。稀ではありますが、この作用によってふるえが緩和することもあるので「薬代わり」にアルコールを摂ってしまう方もいらっしゃいます。
一方で過量のアルコール摂取はアルコール依存症に繋がるリスクがあります。アルコール依存症になると逆に手や全身のふるえなどの離脱症状が出るケースもあります。あくまでも飲酒は適量が大原則です。
患者は50代の女性・看護師。健康診断を中心に行う医療機関で、1日に数十人の採血を行う部署に所属していました。年齢とともにやや手のふるえが目立ってきたと感じてきた頃、たまたま血管を捉えにくい方の採血に苦戦してしまいました。
それから採血のたびに緊張が増し、仕事に支障が出てしまうほどふるえが目立つようになってしまいました。心配になり系列の病院を受診して検査を受けても目立つトラブルは発見されず、本態性振戦との診断。
病院からは筋肉の緊張を緩和する薬を処方されました。その薬を服用するとふるえは少し鎮まる一方で、仕事のたびに服用することに抵抗を感じて当薬局へご来局。
お話を伺うと本態性振戦の他に首肩凝り、凝りから後頭部の頭痛、そして仕事の前日は入眠しにくいとのこと。口調は非常に丁寧で、気を使い過ぎる印象もあわせて受けました。
この方には気の巡りを改善する柴胡、筋肉の緊張を緩和する芍薬や葛根を含んだ漢方薬を調合いたしました。日常生活においてはやや多めだったコーヒーの量を減らして頂き、睡眠時間の確保もあわせてお願いしました。
漢方薬を服用後、入眠のしにくさは徐々に改善されてしっかりと睡眠はとれるようになりました。主訴である本態性振戦の症状は「服用前よりかはやや良いかな…」とのこと。この頃、新しい症状として緊張時に動悸が出やすいとのことで鎮静作用を持つ竜骨や牡蛎を含む漢方薬に変更を行いました。
新しい漢方薬を数ヵ月服用して頂くと、以前よりも精神的にリラックスできるようになり、首肩凝りも軽くなったためか頭痛の頻度も減ってきました。採血時の手のふるえも徐々に良くなっているとのことで、同じ漢方を継続して頂きました。
その後は一歩一歩の回復が続き、服用開始から半年強が過ぎた頃になると採血に支障が出ることはほぼ無くなりました。漢方薬については首肩凝りや睡眠の質も改善されていたので、健康維持のために減量して継続服用して頂いています。
本態性振戦は日常生活の不便さにくわえて職種によっては業務に支障が出てしまう場合もあります。西洋医学的な治療も豊富とは言えない状況において、漢方薬は有力な選択肢となります。
漢方薬はふるえ症状だけではなく首肩の凝りや精神的な緊張感の緩和などにも貢献できます。本態性振戦にお困りの方は是非、一二三堂薬局へご相談ください。