「HSC」と「HSP」は米国の心理学者、エレイン・N・アーロン氏によって提唱された概念であり、それぞれ「Highly Sensitive Child」と「Highly Sensitive Person」の略です。 HSC/HSPを直訳すれば前者は「非常に敏感な子供」、後者は「非常に敏感な人」となります。
HSC/HSPは人一倍の感受性を持った子供(人)のことを指します。このように表現するとHSC/HSPを「何かの過敏症なのかな?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは誤りです。 HSC/HSPは病気や障害ではなく、相対的にさまざまな刺激をキャッチしやすい資質を指します。この刺激には五感で感じる光、音、匂い、味、肌触り、そして他者の言葉など多岐にわたります。HSC/HSPの簡単なイメージとしては「生まれながらに高性能なアンテナを持った人たち」といえます。
本ページ「HSC/HSPをサポートする漢方薬」はホームページの構成上の都合で「相談の多い病気」の中に含まれていますが、あくまでも病的なものではなく上記のような資質を持った人々を指すものです。調査によると人種や性差はなく、おおよそ5人に1人はHSC/HSPに該当するともいわれています。単純計算で小学校の1つのクラスにおいて6~7人がHSC/HSPということになります。このようにHSC/HSPは決して珍しいものではないのです。
一方、敏感であることでHSC/HSPに特有の「生きにくさ」を感じている人は少なくありません。本ページは漢方薬を用いることで、HSC/HSPの方がよりよく生きるためのサポートを目的に述べていきます。
HSC/HSPは五感が鋭く、さまざまな情報を人一倍キャッチします。したがって、本来は反応する必要が無い刺激や、HSC/HSP以外は反応することが無い弱い刺激にも反応してしまうことが少なくありません。
例えば、驚きやすいので賑やかな場所(光や音が強い場所)が苦手、特定のにおいがする場所を避けたがる、毛羽立っている服が苦手、食べ物へのこだわりが生まれやすく偏食になりやすい、痛みに弱い、驚きやすいといったものが挙げられます。
刺激や情報は環境からだけではなく、私たち人間自身からも多く発せられています。HSC/HSPはこれらに対しても強く反応しがちです。具体的には、ちょっとした注意でも強いショックを受けてしまう、自分だけではなく他者が怒られたりしている場面も苦手、周りに気をつかい過ぎてしまう、周りの機嫌に振り回されてしまう、自分に対しても他者に対してもルールに厳しい、人前で発表する際にとても緊張するといったものが代表的です。
HSC/HSPは多彩な刺激や情報を受信できるので、結果的にいくつかの問題が起こりやすくなります。しばしば見られるのが疲れやすさです。これは日常生活を通じて多くの刺激に反応することで体力が消耗してしまう結果といえます。例えるなら高性能のアンテナを長時間フル稼働させているようなものですから、そこから容易に「バッテリー切れ」を起こしてしまうのも無理はありません。
他には心身の緊張からくる肩や首のこり、それらを由来とする首肩の痛みや頭痛、小さな音などにも反応してしまうので寝付きが悪かったり眠りが浅くなりやすい、繊細なために精神的な負担を蓄積しがちといったものがしばしば見受けられます。精神的なストレスの増大はうつ病や不眠症に代表される精神疾患に繋がりやすくなるので、休息時間や睡眠時間の確保、趣味や運動によるストレス発散はより必要といえます。
HSC(人一倍敏感な子供)は人生経験が浅く、自分自身を客観視するのが難しいのでHSP(人一倍敏感な人=この場合は人一倍敏感な大人)よりもその気質に振り回されがちです。乳幼児期では夜泣きや癇癪(かんしゃく)が起こりやすくなります。これは本人が両親は気付かないような刺激をキャッチし、それに対してどう処理してよいのかわからない結果として起こるものと考えられます。
学童期に入ると飛躍的に子供たちの活発さは増し、イベントのバリエーションは多くなります。そして必然的に負担となる大きな音や声、目まぐるしい物や人の動きが生じやすくなります。これまで伺ってきた中でやや珍しいケースだと「避難訓練や運動会のサイレンが大嫌いで、その日だけは学校に行きたくない…」「プールにゆらゆらと反射する光だけはどうしてもダメ…」というものもあります。
学童期でしばしば見られる問題としては給食が苦手、偏食による体重増加の鈍化、進学やクラス替えが強い負担になる、学童期になると先生や両親から注意されることも増えるので、それに対する不安感が強いといったものが代表的です。
ここまでHSC/HSPの特徴を挙げてきましたが、人一倍敏感なことは決してネガティブな面だけではありません。HSC/HSPであるがゆえの長所も多くあります。例えば見逃してしまうような他者の小さな変化にも気づき、それに対応できることは思いやりや優しさの醸成に結びつきます。察知する能力の高さは物事に対する慎重さや正確さに反映されるでしょう。
将来的にHSC/HSPはその高い感受性から、お互いに深いコミュニケーションを必要とする仕事に向いているといえます(逆にスピードや効率を非常に重視する薄利多売型の接客などは不向きかもしれません)。
まず改めて確認したいのはHSC/HSPは病気ではありません。HSC/HSPはあくまでも個人の資質であり、それ自体は治療の対象になるものではないということです。「HSC/HSPだから何らかの治療が必要」ということは全くありません。
したがって、HSC/HSPに対する治療薬や治療法は厳密には存在しません。一方でHSC/HSPはストレスに対しても敏感に反応してしまうのは事実であり、二次的に発生する心身の問題があるならばしっかり対応する必要があるでしょう。
漢方の考え方においてストレス、特に精神的なストレスは気の巡りを悪くしてしまう代表的な存在です。気とは生きる上で不可欠な生命エネルギーのようなものです。この気の巡りが悪くなった状態を気滞(きたい)と呼びます。長時間労働が常態化した労働環境に身を置いているHSP、そして人間関係が上手く行っていない学校生活を過ごしているHSCの方などは、しばしば気滞や後述する気虚(ききょ)に陥りやすいです。
気滞に陥ると憂うつ感や緊張感、全身の凝り感や膨満感、消化器や睡眠のトラブルが起こりやすくなります。消化器のトラブルとしては食欲不振、胃痛や腹痛、吐気や嘔吐、下痢や便秘などが代表的です。気滞では上記の消化器系の不調に加えて入眠困難や中途覚醒を含む不眠症もしばしば見受けられます。不眠症に陥ってしまうとなかなか疲労回復ができず、抵抗力の低下に繋がります。これらはストレスに敏感なHSC/HSPにとっては大きな問題といえます。
上記のような気滞症状を改善するためには、気の流れをスムーズにする作用を持つ柴胡、厚朴、半夏、薄荷、枳実、香附子といった理気薬(りきやく)を含んだ漢方薬が頻用されます。気の滞りによる食欲不振や不眠が慢性化すると気の不足である気虚に結びつきやすいです。気虚でしばしば見られる症状としては疲労感、手足が重だるい、気力の低下、声に力が無いといったものが挙げられます。
気虚が顕著な場合は気を補う補気薬(ほきやく)を含む漢方薬、具体的には人参、黄耆、白朮、大棗、甘草などから構成される漢方薬が用いられます。他にも緊張の高まりから動悸が現れる場合は竜骨や牡蛎、漠然とした不安感や不眠症が顕著な方には酸棗仁や竜眼肉といった生薬を含んだ漢方薬も選択されます。このように「HSC/HSPだからこの漢方薬で決まり!」ではなく、あくまでも現れている症状や元々の体質を考慮した上で漢方薬は調合されます。
漢方薬服用希望者は小学4年生の男児。環境が変わると吐気が出て嘔吐することがあるとのことでご来局。一緒にご来局してくださったお母様曰く「もともと音やにおいに敏感な子で、人混みする場所は苦手だった。それが最近は特に酷くなった」という。
病院を受診して自家中毒(周期性嘔吐症)と診断を受けて治療を行ったが変化はなし。小児心療内科も勧められたが、基本的に元気で明るく本人から深刻さを感じなかったので「自然に治るだろうと半ば放置していた」とのこと。
しかし、賑やかな場所で食事を摂る時は「断食状態」になってしまうので、これはさすがに可哀そうと感じて当薬局へご来局。くわしくご様子を伺うと吐気以外にも緊張のしやすさ、緊張から腹痛や下痢・軟便、寝つきの悪さなどがあり非常に心配性とのこと。
他にも人前に出て視線が集中するのを過度に怖がるといった、HSCの可能性を感じさせる特徴をいくつか伺いました。一方で質問にはハキハキと自分で答えられ、顔色などからも虚弱な印象は受けませんでした。このお子様には気の巡りを改善する柴胡や薄荷、吐気を鎮める半夏、身体の緊張を緩和する芍薬などから構成される漢方薬を調合しました。
お母様は味の面から服用できるか心配していましたが無事に服用できたとのこと。服用から1ヵ月半頃で「嫌いだった給食室で給食を作るにおいも、今はそれほど気にならなくなった」という(お母様もこれまでは給食のにおいも駄目だったのか…と驚かれていました)。
服用から半年程度が経つと外出しても吐気を訴えたり嘔吐してしまうことは無くなりました。吐気以外にも学校のイベント前にお腹を壊してしまうことも減り、気持ちの面にも余裕が出てきたとのこと。これまでは睡眠中にご自宅の隣の駐車場に車が入ってきただけで起きてしまっていたとのことですが、そのようなことも減っていました。
漢方薬については中学校受験を予定していることもあり、体力維持とストレス緩和を目的に継続して頂くことにしました。体調安定後も気滞が背景にあると考えられる症状が現れることがありましたので、適宜調節を行って継続して頂いています。
繰り返しになってしまいますが、HSC/HSPは特殊な病気などではなく、あくまでも個人に備わる資質のひとつです。しかも、5人に1人が持つといわれるほど一般的なものです。「人一倍敏感」という資質はストレス社会の今日において生きにくさに繋がることも事実です。多くの書籍やホームページでもその点に言及されているものが非常に多い印象です。
悪いことばかりにフォーカスされがちですが、一方で「他の人よりも気が利く」「雰囲気を察知する能力がある」「高い感受性と物事に対する鋭い嗅覚がある」ことは、HSC/HSP自身が意識している以上に生活を助けている面もあるでしょう。HSC/HSPの良い面に積極的に目を向けつつ、それを帳消しにしてしまうくらいの心身のトラブルがあるようでしたら、ぜひ漢方薬の服用もご検討ください。漢方薬はそれひとつで心身両面にアプローチすることが可能です。きっとHSC/HSPの方の「生きづらさ」や「窮屈さ」を軽減してくれるでしょう。