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【 書痙 】と漢方薬による治療

書痙とは

書痙(しょけい)とは筆記用具を持つ手が意識していないのに緊張し、うまく字などを書くことができなくなってしまう病気です。このような意識していない状態、つまり不随意(ふずいい)の状態で起こる筋肉の硬直をジストニアや不随意運動と呼びます。書痙は身体の一部分である手(指)において起こるジストニアなので局所性ジストニアのひとつといえます。

書痙の大きな特徴として、筋肉の緊張によって筆記に支障はきたすのですがそれ以外の動作は問題なく可能という点です。例としては箸を使って食事を摂る、キーボードやマウスを扱う、実験器具を使用して細かい作業を行うことなどは多くの場合において可能です。

書痙は局所性ジストニアの一種であると同時に職業性ジストニアの一種でもあります。職業性ジストニアとは特定の職業にまつわる動作に支障をきたしてしまうジストニアです。書痙のケースでは頻繁に文字を書く職業の方(教師、速記者、小説家、設計士、会計士など)や受験生の方が発症しやすい傾向にあります。

他の職業性ジストニアとしてはピアニスト、ギタリスト、バイオリニストの方などがそれらの楽器演奏だけできなくなってしまうフォーカルジストニア、ゴルファーの方がパッティングのみできなくなってしまうイップスが代表的です。本項目では書痙を中心にしつつ、他の局所性ジストニアにも対応できる形で解説を行ってゆきたいと思います。

書痙の原因

書痙の原因についてはまだ明確に解明されていません。しかし、脳内における筋肉の動きをコントロールする部分の不調によるものという説が濃厚です。さらに特定の神経伝達物質(アセチルコリン、ドパミン、セロトニンなど)のはたらきを調節する薬で症状が緩和することから、逆説的にそれらが書痙発症に関与している可能性が指摘されています。

書痙に限らず職業性ジストニアを患ってしまう方の特徴としては完璧主義、真面目、几帳面という点が挙げられます。したがって、体質以外にもストレスを真正面から受けてしまう性格などもジストニア発症の要因としばしば指摘されます。

書痙の症状

既に述べたとおり、書痙は手の筋肉の過緊張によって筆記のみに支障が出る病気です。しかしながら、書痙による症状がどのようなケースで現れるのかは個人差があります。具体的にはどんな時にも筆記障害が出てしまう方、特定の場面(試験や人目が気になるような場面での署名など)でのみ筆記障害が出てしまう方もいらっしゃいます。

書痙の症状自体にも個人差があります。書き出しが特にうまくゆかない方、徐々に緊張が高まってしまい書けなくなってしまう方、書けるが徐々に字が小さくなってしまう方などさまざまです。

書痙の西洋医学的治療法

書痙の治療は薬物療法が中心的に行われており、場合によっては心理療法も併用されます。薬物療法は筋肉の震え(専門的には「振戦(しんせん)」と呼びます)を抑えるアーテン(一般名:トリヘキシフェニジル)やアルマール(一般名:アロチノロール)、筋肉を弛緩させるテルネリン(一般名:チザニジン)やミオナール(一般名:エペリゾン)などが中心的に用いられます。

それ以外にも精神的ストレスによって症状が悪化する場合はパキシル(一般名:パロキセチン)、セルシン(一般名:ジアゼパム)、デパス(一般名:エチゾラム)、ワイパックス(一般名:ロラゼパム)などが用いられます。特にリボトリールやランドセン(ともに一般名:クルナゼパム)は抗不安作用にくわえて筋肉の緊張を緩めるはたらきも強いのでしばしば用いられます。

経口薬以外にも筋弛緩作用があるボツリヌス毒素を加工し、薬剤化したボトックスの注射も存在します。その他にも脳の手術といった外科的治療も試みられています。

このように多面的な治療が西洋医学においてなされますが、書痙に対して効果的な治療法が確立しているとはいえないのが現実です。その理由として書痙発症のメカニズムにおいてまだ不明な点が多いことが挙げられます。

書痙の漢方医学的解釈

書痙の症状は筋肉の動きがうまく制御できないことが根本にあります。漢方医学において筋肉の動きは肝(かん)がコントロールしていると考えます。漢方医学における肝は筋肉の動きだけではなく、眼のはたらきを維持したり、気持や感情を落ち着けるはたらきを担っています。

この肝のはたらきが何らかの原因で失調した場合は筋肉の動き、眼のはたらき、精神の安定化に問題が生じてしまいます。筋肉のはたらきの失調は書痙に代表される局所性ジストニアなどに繋がります。そして、気持ちの乱れはイライラ感、理由のない怒り、情緒不安定、ヒステリーなどを誘発します。

したがって、漢方医学的には肝に注目して書痙の治療を行うことになります。書痙の症状に肝の失調が関与していることは上記で説明したとおりでしたが、根本的になぜ肝が失調してしまったのかを考える必要があります。肝は多くの場合、精神的なストレスによってはたらきが低下してしまいます。したがって、精神的ストレスが多い場合はそれに対するケアも必要になります。

漢方薬を用いた書痙の治療

上記で述べてきた理論のとおり、漢方薬を用いた書痙の治療は肝をいたわることが中心となります。肝の力が衰えるということは肝にためられていた血(けつ)が消耗するということであり、それを補うような治療が中心に据えられます(これを「肝血を補う」「柔肝(じゅうかん)する」と言います)。

血を補う生薬である補血薬(ほけつやく)としては地黄、当帰、芍薬、阿膠、酸棗仁、竜眼肉などが挙げられます。特に芍薬は筋肉をリラックスさせるはたらきも持っているので書痙治療の漢方薬にはしばしば含まれます。

さらに精神的ストレスを緩和することで肝血の消耗を抑える理気薬(りきやく)、具体的には柴胡、枳実、陳皮、半夏、厚朴、香附子なども用いられます。他にも筋肉の緊張や震えを鎮める釣藤鈎、気持ちを鎮める竜骨、牡蠣などの生薬も併用されることが多いです。

これら以外にも主訴や体質が微妙に異なる場合はそれに合わせて臨機応変に漢方薬を対応させる必要があります。したがって、実際に調合する漢方薬の内容もさまざまに変化してゆきますので、一般の方が自分に合った漢方薬を独力で選ぶのは非常に困難といえるでしょう。

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生活面での注意点と改善案

書痙は体質面の他に環境面の影響も受けることが知られている病気です。特に過度な精神的ストレスは心身ともに緊張感を高めてしまうので、書痙をはじめとするジストニアを患っている方は避けるべきです。しかしながら、日常生活を営む上で精神的なストレスを回避し続けるのは難しいでしょう。したがって、うまくストレスを解消する方法を取り入れる方が建設的かもしれません。

心身ともにストレスを解消するには軽運動が最適です。具体的にはウォーキングや軽い水泳などが良いでしょう。書痙の発症を「心の非常停止装置」がはたらいたと考え、可能な限り抱え込まなくてもよい仕事などには手を付けないようにするのが良いでしょう。心に余裕を持つことが一番の「薬」かもしれません。

経験的に書痙の回復期に入った方は「別に字が書けなくても、とても困ることは意外と少ない」「パソコンを使えば直筆でなくても大体のことがこなせる」「字が書けないのは不便だが、別に死ぬようなことはない」と思えるようになっている場合が多いです。書痙をひとつの契機と捉え、リラックスできるライフスタイルへの見直しを行って頂ければと思います。

書痙の改善例

患者は20代後半の男性・製薬会社勤務の研究職。就職後、数年が経った頃から手の震えと硬直により字を書くことが困難になってしまいました。より具体的には震えによって字がきれいに書けず、震えを消すために強く力を込めると今度は手の過緊張によって徐々に字が小さくなってしまう。

最初の頃は仕事の疲れがたまった結果と考え、休養を多めにとったり、整体や鍼治療も行いましたが症状は好転しませんでした。「手先を使うことが多い仕事なので、炎症でも起こっているのかと思っていた」とのこと。一方で手に痛みはなく、字を書くこと以外に実験器具やパソコンを操作することは問題なくできていました。

しかしながら、一向に改善の兆しがなかったので大学病院を受診し、そこで書痙と診断されました。病院では筋弛緩薬を服用しましたが効果はなく、抗不安薬は慢性的なめまいや眠気に悩まされた為、治療は中断。ボトックス注射も試しましたが大きな改善は感じられなかったとのこと。

当薬局にご来局されたときは病気への不安からか眠りの浅さ、そして強い肩凝りも発症されていました。ご来局時にはこれまでの症状の「歴史」をまとめた資料をご用意され、完璧主義・生真面目・責任感が強いといった一面が伺えました。これらのご症状や全体像から、柴胡を中心とした気の流れをスムーズにする生薬と、芍薬や葛根などの筋肉の緊張を和らげる生薬から構成される漢方薬を服用して頂きました。

服用後、波はあるものの段階的に筋肉の緊張がほぐれ、服用から1年が経つと「前よりジワジワと手の硬直が強くなることも減り、字を書くのが本当に楽になった」とのこと。現在、自覚症状は少々残るものの、筆記スピードは格段に上がり、字が小さくなってしまうことも少なくなっていました。「漢方薬を飲んでいると肩凝りも楽になり、睡眠も深くなった」ということで、今も健康維持も兼ねて漢方薬の服用を継続して頂いています。

おわりに

書痙を患ってしまうと今まで問題なく行えてきた「書く」という動作ができなくなり、非常に不便な生活を強いられてしまいます。くわえて非常にマイナーな病気であり、書くこと以外は普通に行える点が逆に周囲の理解を難しくしていると感じます。結果的に孤独感や疎外感を深めてしまう方もいらっしゃいます。

漢方薬は西洋薬とは異なった角度から書痙に対してアプローチするものです。当薬局では西洋薬を服用してもなかなか症状の改善が見られなかった方がしばしばご来局されます。そして漢方薬を服用し始めてから症状が徐々に好転する方がとても多くいらっしゃることから、書痙と漢方薬は「相性」が良いと実感しています。是非一度、書痙にお悩みの方は当薬局にご来局くださいませ。

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