ドライアイとはその名の通り、眼の乾燥した状態を指しています。乾燥してしまうプロセスには涙液が少なくなっているケースと涙液は出ているものの、涙液がすぐに乾いてしまうケースがあります。しばしば乾性角結膜炎や涙液減少症とも呼ばれますが、一般的にはドライアイという名前が浸透しています。厳密にはドライアイはただ眼に乾燥感を覚えるだけではなく、診断を確定させるためにはいくつかの基準(涙の量を測定する試験の実施など)が存在します。しかし、本ページでは診断は経ず、自覚的な眼の乾燥感を覚えるような広義のドライアイも含めて扱ってゆきます。
ドライアイの症状としては眼の乾燥感の他にも、眼精疲労、視力低下、眼痛、ゴロゴロとした異物感や不快感、眼が動かしにくい、眼のごみ(眼やに)のたまりやすさ、過度にまぶしさを感じる、充血といった症状が代表的です。涙液の減少によって眼を守るはたらきが弱くなり、眼の表面である角膜上皮が傷つきやすくもなります。上記のような症状は仕事や学業でディスプレイなどを読み込む際の大きな負担となります。くわえて何かを集中して見ているとまばたきの回数が減り、よりドライアイの症状が顕著になってしまう悪循環に陥りがちです。
ドライアイの症状にくわえてドライマウス(口腔乾燥症)も強い方はシェーグレン症候群の可能性があります。下記で紹介するシェーングレン症候群とは「眼だけではなく全身が乾燥した状態になる病気」というイメージです。
シェーグレン症候群は眼や口を中心に身体に乾燥をもたらす病気です。スウェーデンの眼科医であるシェーグレンが1930年代に報告したことにちなんで「シェーグレン症候群」という名前が付けられました。しばしばシェーングレン症候群という表記も見受けられますがシェーグレン症候群が一般的です。シェーグレン症候群を患っている方々の正確な人数の把握は難しいですが、国内では推定で約5~10万人と考えられています。発症には性差があり、圧倒的に女性が多いという特徴があります。年齢的には中年、特に50代が多いとされていますが小児から高齢者まで幅広く発症することもまた知られています。
シェーグレン症候群は代表的な自己免疫疾患の一つです。自己免疫疾患とは本来は外敵に対して攻撃を行うべき免疫が何らかの理由によって自分自身を攻撃してしまう疾患です。シェーグレン症候群のケースでは涙腺と唾液腺に対して免疫が誤った攻撃を行った結果、発症すると考えられています。ドライアイやドライマウスにくわえて鼻腔の乾燥とそれによる鼻血、膣の乾燥とそれによる性交痛といった他の外分泌腺の症状が見られるケースもあります。
さらに外分泌腺以外の症状が現れるケースもあります。代表的な症状としては手足に冷えを感じるレイノー症状、脱毛、疲労感、頭痛、めまい、憂うつ感、気力の低下、関節炎、肺・腎臓・膵臓の障害など多彩な症状が挙げられます。その他にもシェーングレン症候群特有の症状のみが現れる原発性シェーグレン症候群と、他の自己免疫疾患、例えば全身性エリテマトーデスや関節リウマチ(リューマチ)、強皮症などと一緒に発症する二次性シェーングレン症候群が存在します。
ドライアイやシェーグレン症候群の明確な原因が不明ということもあり、根本的な西洋医学的な治療法は確立されていません。したがって、乾燥した状態に潤いを与えてゆく、乾燥による不快感を解消するという対処療法が基本となります。
ドライアイの場合は保湿作用が認められているヒアルロン酸が含まれたヒアレイン、涙液の成分であるムチンの分泌促進や粘膜修復作用のあるムコスタ(一般名:レバミピド)、同じくムチンや水分の分泌を促進するジクアス(一般名:ジクアホソル)の点眼薬などが用いられます。上記の他に眼の機能維持と保湿効果が認められるビタミンAの点眼薬、人工涙液のマイティア、さらに自己血清を薄めて作られた人工涙液を用いるという治療法も徐々に広がっています。自己血清由来の人口涙液は栄養素も含んでいることから、より眼に優しいと考えられています。
ドライマウスに対しては唾液の分泌作用があるサリグレンやエボザック(ともに一般名:セビメリン)、サラジェン(一般名:ピロカルピン)などが代表的な治療薬といえます。さらにメチルセルロースを含んだ人口唾液も症状の緩和に用いられます。ドライマウスは症状の緩和のほかに、唾液が不足することで虫歯や歯周病が発生しやすくなるので、イソジンガーグルなどで殺菌を心掛けることも重要となってきます。シェーグレン症候群では上記のような対処療法にくわえて、分泌腺以外の症状が顕著な場合は副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬などが合わせて使用されます。
ドライアイやシェーグレン症候群を漢方医学的に考えるとその背景には主に津液不足(しんえきぶそく)や血虚(けっきょ)が存在するといえます。これら2つを合わせて陰虚(いんきょ)とも呼ばれます。
まず、津液不足とは身体に潤いをもたらす津液(しんえき)が不足した状態です。津液が不足してしまうとドライマウス、喉の渇きによる多飲、皮膚や唇の乾燥、咳や切りにくい痰、胃の不快感、唾液の減少、便秘などの症状が現れやすくなります。
血(けつ)は身体に栄養を与えたり、精神状態を安定させるはたらきを担っています。血虚とはこの血が不足した状態であり、血虚に陥るとドライアイ、眼精疲労、過剰なまぶしさ、眼痛、顔色の青白さ、皮膚の乾燥、めまいや立ちくらみ、動悸や息切れ、不安感、不眠などが見られるようになります。女性の血虚のケースでは生理不順や経血の減少、無月経も起こりやすくなります。
津液不足や血虚が起こってしまう原因は多岐にわたります。そのなかでも過労や慢性病による体力の消耗、体質的な消化器の弱さ、先天的な虚弱体質などが挙げられます。
ドライアイやシェーグレン症候群の治療に用いられる漢方薬は、主に津液や血を補うものとなります。それにくわえて気や五臓六腑(ごぞうろっぷ)における腎に収められている精(せい)を補う漢方薬も使用されます。
津液を補う滋陰薬(じいんやく)には麦門冬、天門冬、地黄、枸杞子などが挙げられます。血を補う補血薬(ほけつやく)には地黄、芍薬、当帰、酸棗仁、竜眼肉などが含まれます。ドライアイやシェーグレン症候群に用いられる漢方薬はこれらの生薬を豊富に含むものが選択されます。
食が細かったり、疲労感が強い場合は気を補う補気薬(ほきやく)も併せて使用されます。代表的な補気薬には人参、黄耆、白朮、大棗、甘草などが挙げられます。生まれつき虚弱体質の方や高齢者の方には精を補う補腎薬(ほじんやく)である鹿茸、地黄、山茱萸、山薬、枸杞子も検討されます。
実際に用いられる漢方薬はドライアイやシェーグレン症候群による症状以外の症状や体質なども考慮して決定されます。したがって、津液や血を補うことを軸にしつつ、個々人によって使用される漢方薬は異なるものになります。
繰り返しになりますがドライアイ、そしてシェーングレン症候群はその原因がまだ不明なため、日常生活を変えることで予防したり完治させることは困難です。しかしながら、いくつかの注意を払いながら生活することで不快な症状を軽減することは可能です。
まず、ドライアイを患っている方はまばたきを意識して行うことが大切です。特にディスプレイの長時間の凝視はまばたきの回数を減少させて、眼球表面の潤いが不足しやすくなるので注意が必要です。定期的に休憩を取り、さらにディスプレイを眼の位置より下側に配置することで眼を大きく見開くことを防止できます。くわえて周辺環境を改善することも重要です。室内が乾燥していると眼の潤いがより奪われてしまいます。加湿器を配置する、蒸しタオルを置いておく、水を入れたコップを置いておくだけでも過剰な乾燥を防止できます。メガネのフチに濡れたティッシュを掛けるという「裏技」も有効です。
加湿以外にも改善点はあります。過剰に照明が明るく眼が疲れやすい、タバコの煙やホコリが舞っている、エアコンや送風機が近くにあるような状況もドライアイの症状を悪化させます。定期的に点眼薬を用いることも有効ですが、保存料が入っている点眼薬を頻繁に用いると眼の表面を傷つけることもあるので注意が必要です。多くのヒアルロン酸含有の点眼薬が小さい容量しかないのはこの保存料を使用していないためでもあります。
ドライアイの方が積極的に摂りたい栄養素としてはビタミンA(β-カロテンまたはカロチン)、アントシアニン、ω(オメガ)-3系脂肪酸です。ビタミンAは主にほうれん草、春菊、こまつな、人参、鶏のレバー、豚肉、ヤツメウナギなどが豊富に含んでいます。しかしながら、妊娠初期の妊婦はビタミンAを大量に摂取することは好ましくないので注意が必要です。ちなみにビタミンAの前駆体であるβ-カロテンの形ならば妊婦でも安心して摂取可能です。ω-3系脂肪酸は脂が豊富な魚、アントシアニンはブルーベリーやラズベリーなどに豊富に含まれています。これらを上手く食事やおやつとして用いることでドライアイの症状緩和が期待できます。
その他にも身体を積極的に動かし、リラックスを意識的に行うことも健康には不可欠です。エレベーターやエスカレーターを控えて階段を使う、ウォーキングを行うなどは無理なく行える健康法です。上記のような改善点・注意点を守りながら漢方薬による治療を行うことがドライアイなどの乾燥をともなった症状を取り除く近道になります。なかなかすべてを遵守することは難しいですが、ひとつひとつ、出来ることから行っていくことが大切です。
患者は30代前半の男性・映画制作会社の技術職。現在、在籍している会社に就職してからドライアイに悩まされるようになりました。仕事柄、眼を酷使するので「眼精疲労は職業病と割り切っていた」とのことですが、次第に眼の疲れにくわえて眼の乾燥感が顕著になってゆきました。ドライアイによって頻繁にまばたきをしないと眼を開けていることもできなくなり眼科を受診。眼科で処方されたヒアルロン酸含有の点眼薬や市販の眼を温めるアイマスクを使用すると、一時的には症状が改善するもまたすぐに眼がゴロゴロしてしまう。集中力も切れがちになり、仕事にも支障をきたすということで当薬局にご来局。
お話を詳しく伺うと、新年度から職場の配置転換が行われて強いストレスも感じているという。ドライアイ以外の症状としてはまぶたが頻繁にピクピクと動いて不快とのこと。眼のはたらき全般は漢方医学における血が司っていると考えます。継続的なストレスに晒されると血は消耗されてしまいます。そこでこの方にはストレスを緩和する柴胡、眼を栄養する血を補う芍薬や当帰、鎮痙作用がある釣藤鈎などから構成される漢方薬を服用して頂きました。それにくわえて職場も乾燥しているということで、水分を含んだタオルをデスクのそばに置いておくなどの乾燥対策もお願いしました。
漢方薬の服用開始から1ヵ月でしばしば起こっていたまぶたの痙攣が消え、約3ヵ月が経過した頃にはだいぶ眼の乾燥感も緩和してきたとのこと。初めてご来局された際のように慌ただしくまばたきをされることもなくなっていました。その一方で「少しずつ異動した部署には慣れましたが、とても忙しくて疲れが抜けない。それなのに眠りが浅くて朝からだるい」という。ドライアイにくわえて不眠気味ということを考慮し、やはり血を補う酸棗仁を中心とした漢方薬に変更を行いました。酸棗仁には睡眠状態を改善したり、不安を取り除く作用があります。
新しい漢方薬にして2ヵ月ほどで中途覚醒することもなくなり、疲労感を朝まで持ち越すことも少なくなりました。ドライアイも順調に改善が続き、ドライアイ用の点眼薬を使用せずに過ごせる日もあるとのこと。表情にも余裕が出て明るくなってきた印象。この方はストレスとドライアイも含めた体調不良との間に関連があると気付き、ご本人の希望もあってストレス対策により重点を移しつつ漢方薬を継続服用して頂いています。その後、漢方薬の内容が変わってもドライアイやまぶたの痙攣といった眼のトラブルは再発せずに過ごされています。
近年、ドライアイを訴えてご来局される方がとても多くなった印象を受けます。ドライアイの明確な原因は不明ですが、パソコン、スマートフォン、タブレット端末などの長時間使用による眼の酷使が当たり前となった今日の世相を反映していると考えられます。
漢方薬は西洋薬では対応しきれないより根本的な原因に対応することができるものです。当薬局には点眼薬を使用してもなかなか改善が見られなかった方がしばしばご来局されます。その一方でドライアイと漢方薬は「相性」が良く、症状が着実に改善される方も多くいらっしゃいます。是非一度、ドライアイでお悩みの方は当薬局にご来局くださいませ。