貧血とは血液中に存在している赤血球や、赤血球に含まれるヘモグロビンと呼ばれるタンパク質が減少した状態を指します。人間は生きてゆくために酸素が必要です。呼吸によって空気中から取り込まれた酸素は肺から血管内に存在している赤血球に受け渡されます。より具体的には赤血球中のヘモグロビンと酸素が結びついた形で全身に酸素が供給されます。
最も一般的な貧血である鉄欠乏性貧血はその名前の通り、鉄が不足することによって起こる貧血です。鉄はヘモグロビンを構成する重要な物質であり、鉄の欠乏は酸素を運ぶヘモグロビンの減少につながってしまいます。貧血の有無や種類を判断する尺度はいくつか存在します。その中でもヘモグロビン濃度(ヘモグロビンは「Hb」と表記されることもあります)とヘマトクリット値が有名です。ヘモグロビン濃度とは1dL(1デシリットル)に含まれるヘモグロビンの重量を指しています。一方のヘマトクリット値は血液中で赤血球が占める割合を表したものです。
ヘモグロビン濃度では成人男性の場合、13g/dL未満。成人女性の場合、12g/dL未満。ヘマトクリット値では成人男性の場合、40%未満、成人女性の場合、35%未満が貧血と判断される目安となります。この数値以下ではなくても、年々低下傾向が続いているようなら注意が必要といえるでしょう。
鉄欠乏性貧血以外の貧血としては、血液をつくる骨髓の細胞が減少することで起こる再生不良性貧血。寿命の短い赤血球がつくられたり、赤血球を攻撃してしまう自己抗体によって赤血球が減ってしまう溶血性貧血。そしてビタミンB12と葉酸の不足によって起こる巨赤芽球性貧血などが挙げられます。その中でも本ホームページでは鉄欠乏性貧血を中心に解説してゆきます。
鉄欠乏性貧血が起こる原因としては出血をともなう病気、月経による出血、偏食やダイエットによる鉄の摂取不足が代表的です。出血を起こす代表的な病気としては胃潰瘍、十二指腸潰瘍、潰瘍性大腸炎、クローン病、裂肛(切れ痔)、胃がん、大腸がんなどが挙げられます。女性の場合は子宮筋腫や子宮内膜症といった婦人科系疾患による不正性器出血も含まれます。
貧血の主な症状としては動悸、息切れ、慢性的な疲労感などが挙げられます。その他にも頭の重さ、顔色の悪さ、口内炎の多発、爪の劣化や白色化などが起こる場合もあります。しかし、人間には現状に対して順応する能力があるので上記のような貧血症状が慢性的に推移した後、自覚症状が薄れてゆく場合もあります。貧血による慢性疲労も仕事や年齢からくるものと考えてしまい、そのまま放置されているケースも多いでしょう。
貧血の原因となる疾患(出血をともなう胃潰瘍など)があるようならばその治療が最優先となります。それと同時に鉄剤を服用するなどして貧血状態の改善を図ります。鉄剤はしばしば吐気や食欲の低下をもたらすこともあるので用法用量を守って慎重に服用しましょう。
鉄剤だけではなく、普段の食事からしっかり鉄を摂取することも大切です。鉄を豊富に含む食材としては豚や鶏のレバー、アサリやカツオ、ホウレン草やヒジキ、納豆などの豆製品が代表的です。特に肉や魚介類に含まれている鉄は効率的に吸収される性質があるので、積極的に摂ると良いでしょう。
漢方医学の視点から見て貧血の症状は主に血虚(けっきょ)の状態と考えられます。しかし、血は飲食物から生まれる気を主な起源としていることから、貧血は気と血が両方不足している気血両虚(きけつりょうきょ)の状態に陥っている方も少なくないといえます。
血虚の状態は文字通り、漢方医学における血が不足している状態です。血が不足してしまう原因としては血の原料ともいえる気や津液の不足、過労や心労、慢性病による消耗、出血などです。血虚の具体的な症状としては顔色の蒼白化、めまいや立ちくらみ、頭のふらつき、ドライアイ、肌の乾燥による痒み、脱毛、筋肉のけいれんや硬直、不眠症、不安感、生理不順、不妊症などが挙げられます。多くは私たちが「貧血」に対してイメージする症状と似ていますが、不眠症や精神不安といったメンタル面に関係する症状も血虚では現れます。
くわえて、気虚は気が不足している状態を指します。気虚に陥ってしまう原因としては先天の精の不足、脾胃(消化器)の不調、過労や慢性疾患による消耗などが挙げられます。気虚による症状としては疲労感、気力の低下、食欲不振、息切れ、汗の増加、動悸、胸苦しさ、身体の重だるさ、めまい、咳、風邪をひきやすい、内臓下垂、出血傾向などが挙げられます。
気血両虚の状態は上記の症状が合わさったものと考えられますが、すべての症状が均等に現れるのではなく個々人によって強弱が見られます。しかし、気血両虚のおおまかなイメージとしては「元気がない」「体力がない」といったものに集約されます。
貧血を血と気の不足と捉えた場合、それらを補う補血と補気が治療の基本方針となります。血を補う生薬としては地黄、芍薬、当帰、阿膠、酸棗仁、竜眼肉などの補血薬が代表的です。補血薬は消化器の弱い方が服用すると、胃もたれや食欲不振が現れることもあるので下記の補気薬とうまく組み合わせる必要があります。出血の症状があるなら補血を行いつつ、艾葉や阿膠といった止血効果を持つ生薬もあわせてもちいられます。
消化器の力を回復して気を補う生薬には人参、黄耆、大棗、白朮、甘草などの補気薬が挙げられます。このように貧血治療の漢方薬は補血薬や補気薬を個々人の症状と照らし合わせてバランスよく構成することが大切になります。
患者は30代前半の女性・ショップ店員。高校生の頃から生理が重く出血量も多かったので、生理後は貧血で倒れてしまうこともしばしばだった。その傾向は専門学校を卒業して就職しても変わらず、仕事中にしばしば立ちくらみや動悸に襲われることも。冷え性(冷え症)やしっかり寝てもとれない疲労感もあり困っていたところ、妹様が当薬局で便秘の漢方薬を服用していたのを機会に当薬局にご来局。
まず第一印象から色白で線も細く、見るからに貧血持ちの華奢な女性という雰囲気。詳しくお話を伺うと、貧血とその症状以外には特に生理後のダラダラ出血に困っているとのこと。病院から処方されている鉄剤は服用するとひどい吐気が出てしまうので、胃薬を飲みながらなんとか少量ずつ服用している状態でした。
この方の場合、生理出血過多の改善が重要と判断して当帰や芍薬など血を補う生薬に加えて、補血作用もあり止血効果もある阿膠と艾葉、さらに消化器の状態を底上げする人参や白朮などを含む漢方薬を服用して頂きました。くわえてお食事の際は鉄分を多く含んでいる肉や魚といったおかずを出来るだけ摂るようお願いしました。
漢方薬服用から約4ヵ月が経った頃には毎回14日間以上続いていた生理出血は7日で治まるようになり、疲労感も抜けてきたという。良い傾向と考え、同じ漢方薬に冬の気候も考慮して身体を温める乾姜などを含む漢方薬を追加して服用して頂きました。
それからまた4ヵ月が経過した頃にはすっかり貧血による動悸や立ちくらみも消えて「体調の良かった中学生時代に戻ったみたい」とおっしゃられていました。顔色もほんのり赤みがかり、この時、初めて健康体の妹様とそっくりなお顔の姉妹だと気付きました。この方は現在も体力向上の意味合いで微調節をくわえつつ漢方薬を継続服用して頂いています。
近年、ご来局される若い女性にお話を伺うと驚くほど多くの方が疲労感、足の冷えやむくみ、そして貧血の症状を訴えられます。この背景には食生活の乱れや長時間労働、そして無理なダイエットを行っている女性が増えている今日の世相を反映しているのかもしれません。
漢方薬は西洋薬では対応しきれないより根本的な原因に対応することができるものです。当薬局では鉄剤やミネラルを含んだサプリメントを服用してもなかなか改善が見られなかった方がしばしばご来局されます。そして漢方薬を服用し始めてから、貧血による疲労感などが少しずつとれてくることから、貧血と漢方薬は「相性」が良いと実感しています。是非一度、貧血にお悩みの方は当薬局にご来局くださいませ。