橋本病は甲状腺ホルモンを作りだす甲状腺が自己抗体によって攻撃され、甲状腺ホルモンが不足してしまう病気です。甲状腺ホルモンは身体を活性化させるホルモンなので、甲状腺ホルモンの不足によって疲労感や冷え性(冷え症)などの症状が現れます。
橋本病は圧倒的に女性に多い病気として知られています。なおかつ患っている方の人数自体も多く、女性の約10%が橋本病にかかっているというデータもあるほどです。橋本病以外にも甲状腺ホルモンが減少する病気、つまり甲状腺機能低下症は粘液水腫や甲状腺腫などいくつか存在します。しかしながら、その大部分は橋本病で占められています。
橋本病は自己抗体によって甲状腺が破壊されてしまう代表的な自己免疫疾患です。自己抗体による攻撃で甲状腺では炎症が起こることから、橋本病は慢性甲状腺炎とも呼ばれます。
自己抗体とは本来ならば細菌やウイルスのように身体にとっての外敵を攻撃しなければならないのに自分自身(橋本病の場合は甲状腺)を攻撃してしまう抗体を指します。橋本病においてなぜこのような自己抗体が生まれてしまうか明確な原因は現在でも不明です。
しかし、他の自己免疫疾患(バセドウ病、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群など)と同様に橋本病も極めて女性に偏った病気であることが知られています。このことから性ホルモンの男女差が自己免疫疾患の頻度に関係しているという仮説が挙げられています。
橋本病で不足してしまう甲状腺ホルモンは身体を活性化させる(交感神経を興奮させる)ホルモンです。簡単に表現すれば「身体を元気にするホルモン」といえます。したがって、橋本病は「身体を元気にするホルモン」が不足した病気なので、その症状は「元気が不足した」イメージとなります。
橋本病の具体的な症状としては疲労感、身体の重だるさ、筋力の低下、気力の低下、強い眠気、汗の減少、冷え性(冷え症)、脈拍数の減少、むくみ、体重の増加、皮膚の乾燥、声のかれ、記憶力の低下、脱毛、便秘などが挙げられます。気力の低下や倦怠感が強い場合、うつ病だと自己判断して心療内科を受診されるケースもみられます。
甲状腺ホルモンを含めたホルモン全般は単独で非常に多彩なはたらきをするので、その異常は心身両面に対してとても多くの症状を引き起こしてしまいます。
橋本病は甲状腺が破壊されてしまうことで甲状腺ホルモンが不足する病気でした。残念ながら、破壊された甲状腺を再生する技術は存在しないので甲状腺ホルモン薬(主な商品名:チラーヂンS、チロナミン、レボチロキシンナトリウム)を用いた甲状腺ホルモン補充療法が橋本病治療の中心となります。
甲状腺ホルモン補充療法は橋本病治療の要であり、いかなるケースにおいても自己判断による服用の中止は禁物です。それは漢方薬による橋本病治療を行っている時も例外ではありません。その一方で甲状腺ホルモン薬の副作用である動悸、頻脈、不整脈、頭痛、めまい、ふるえ、吐気、食欲不振などが強く現れてしまう方は甲状腺ホルモン補充療法を満足に受けられないという問題もあります。
副作用以外にも、疲労感やむくみといった症状は強く現れているのに甲状腺ホルモン値が補充療法を行うほど低くないというケースもしばしば起こります。甲状腺ホルモン薬の副作用が目立つ場合や補充療法が行えない場合では漢方薬を使用した治療が現実的で最良の選択肢といえます。
漢方医学的に橋本病を考えた場合、一連の症状から気虚との関連が深いといえます。気とは「生命エネルギー」のことであり、気虚とはその気が不足した状態です気虚の典型的な症状としては疲労感、倦怠感、息切れ、めまい、冷え性(冷え症)、食欲の低下、下痢や軟便、かぜなどの感染症にかかりやすくなるといったものが挙げられます。気からは身体を栄養する血や身体を潤す津液も生まれるので、気の不足が慢性化すると血や津液の不足も引き起こしてしまいます。
血が不足すると顔色の青白さ、皮膚の乾燥、爪や髪の荒れ、動悸や息切れ、めまいや立ちくらみ、不安感、不眠、女性の場合は生理不順などが起こりやすくなります。津液が不足すると喉や肌の乾燥、乾燥した咳などが現れます。
気は食事や呼吸から生み出される後天の気と両親から受け継いだ精から生まれる後天の気が存在します。橋本病の発症はこの両方の気の不足にくわえて、過労や橋本病以外の病気などによって気が消耗した結果と考えられます。これら以外にも、気と血は相互に入れ替わってもいるので血の不足によって気虚に陥る可能性もあります。
橋本病は気虚との関連性が高く、その治療は気を補う漢方薬の使用が中心となります。疲労感や食欲の低下が目立つような気虚の方には人参、黄耆、大棗、白朮、甘草などの生薬(補気薬)を含んだ漢方薬が選択されます。気虚の原因が精の不足にある場合は精を補う生薬(補腎薬)が必要となります。精を補う代表的な生薬は鹿の角である鹿茸です。鹿茸の他には血を補う力にも優れている地黄も使用されます。
橋本病は気虚が慢性化した状態であることが多いです。気の不足は結果的に血の不足も引き起こすことを考慮して、気虚の段階から血を生み出す生薬を含んだ漢方薬の使用も検討されます。具体的には芍薬、当帰、酸棗仁、竜眼肉、そして上記でも登場した地黄などが代表的な血を補う生薬(補血薬)です。
精神的なストレスなどによって胃腸の不調や無気力に陥ってしまう場合はその対処も重要になります。精神的なストレスは気の流れを悪くして脾のはたらきを弱めたり、気虚を悪化させてしまうこともあるので注意が必要です。気の流れを改善する生薬(理気薬)としては柴胡、枳実、陳皮、半夏、厚朴、香附子などが代表的です。
気は身体を温めるはたらきも担っているので気虚が進行すると冷え性(冷え症)が顕著になります。この状態を陽虚と呼びます。陽虚の症状が強い場合は気を補う人参や黄耆などの生薬にくわえて桂皮、乾姜、細辛、呉茱萸、附子などの身体を温める生薬を含んだ漢方薬が選択されます。
これら以外にも橋本病は個人差が大きい病気なので、患っている方によって症状は大きく異なります。したがって、橋本病という病名から漢方薬を決めるのではなく、その方に合わせて漢方薬を対応させることが大切となります。
患者は30代後半の女性・専業主婦。昔から強い疲労感や冷え性(冷え症)、そして下半身のむくみなどに悩まされていましたが第一子を妊娠した際の健診で橋本病が発覚。その後は病院での治療を経て無事に第一子を出産。出産後も甲状腺ホルモン薬を服用していました。甲状腺ホルモン薬を服用しているとある程度のご症状は回復しましたが、生理がなかなか戻らず、第二子希望が果たせずにいました。
詳しくお話を伺うと、疲労感や手先足先の冷えなど典型的な橋本病のご症状に加えて第一子出産から3年が経過しているのに生理が再開しないことにとても悩まれていました。この方の場合、気の不足だけではなく出産という「大仕事」をこなした影響で血も大きく不足している状態と判断しました。そこでまず気を補う人参、黄耆、白朮、そして血を補う地黄、当帰、芍薬などから構成される漢方薬を服用して頂きました。
漢方薬を服用しはじめて6ヵ月が経過する頃には以前と比較できないほど疲労感は軽減していました。むくみも除かれて夕方になると靴が履けなくなることも無くなったとのこと。ちょうどこの頃、季節は冬となり冷えが気になりだしたということで身体を温める乾姜や呉茱萸などを含む漢方薬に変更を行いました。
新しい漢方薬の効果も出て、その年の冬は例年とは違い手先にしもやけができることも無く、春の温かさを感じる頃には生理が再開されました。その後は気血を補う漢方薬と血の流れをよくするために身体を温める生薬をバランスよく調節しつつ漢方薬を続けて頂き、秋の訪れる前にめでたくご妊娠されました。その後、予定日ちょうどに無事3100gを超える元気な女の子をご出産されました。
患者は40代前半の女性・会社員。30代の頃から慢性的な疲労感や気力の低下に悩まされ、定期健診をきっかけに橋本病と診断されました。専門の病院を受診しましたが、甲状腺ホルモンの値はホルモン補充療法を行うほど低くないので様子見となりました。しかし、ご症状によって日常生活に支障が出るほどになってしまい当薬局へご来局。
この方の肌は青白く、顔色も良くありませんでした。ご様子を伺うと爪の割れやすさや抜け毛の多さも気になるという。そこでこの女性には気を補う人参や白朮、血を補う地黄や芍薬を含んだ漢方薬を服用して頂きました。
服用から3ヵ月が経つと疲労感も徐々に減り、仕事にも集中できるようになったとのこと。一方で梅雨の時期に入ってから食欲の低下と軟便が気になりだしたということで、消化吸収を助ける山薬や蓮肉を含んだ漢方薬に変更しました。
新しい漢方薬にして2ヵ月が経過した頃には便通も安定し食欲も回復していました。そしてご本人からこちらの漢方薬の方が前回のものより爪や髪の調子が良いと伺ったので、梅雨が明けても同じ漢方薬を服用して頂きました。その後も継続服用によって心身ともに好調ということで、季節やご体調に合わせて微調節を行いつつ漢方薬を続けて頂いています。
橋本病は女性を中心に意外なほど多くの方が患っている病気です。その一方で甲状腺ホルモン補充療法だけではなかなか疲労感や冷え性(冷え症)などの症状が治らない方が多いのも事実です。動悸や吐き気などの甲状腺ホルモン薬の副作用で満足に治療が受けられないケースにもしばしば遭遇します。
漢方薬の場合は病名や甲状腺ホルモン値にこだわらず、心身両面の症状改善を行えます。さらに橋本病の特徴である幅のある症状の個人差に合わせて調節することが可能です。つらい症状をともなう橋本病にお困りの方は是非一度、当薬局へご来局ください。